[コラム] バイオ関連産業で導入が検討されている生物遺伝資源の「国際認証」
出展:日本総合研究所ホームページ(http://www.jri.co.jp/)「研究員のココロ (株)日本総合研究所 主任研究員 渡辺 幹彦 2007年1月15日付」より
1.生物遺伝資源の国際認証とはなにか
現在、バイオ関連産業を対象として、すべての生物遺伝資源に関する「国際認証(注1)」と呼ばれる制度が導入される動きがある。
例えば、周知のように、現在すでに、食品の「原産地表示」が実施されている。スーパーで買い物をするときに、商品ラベルを見れば、「本マグロ インド洋産」といった「原産地」の表示を見ることができる。もし、「国際認証」が導入されると、これが拡大され、すべての生き物(動物、植物、微生物)について、この「原産地」のラベルをつけることが国際ルールとなる可能性がある。生物遺伝資源全般を管轄する国際条約である生物多様性条約にて、この交渉が開始されており、2010年までに、「国際認証」を国際ルールとして導入するかしないか、導入するならどのような認証の仕組みにするのかについて、結論を出す予定となっている。
交渉の結果によっては、すべての生き物について、原産地表示を余儀なくされる可能性もある。ここでやっかいなのは、食品の例だと、インド洋で漁を行ったマグロならインド洋と表示すればよいが、新たな国際認証の仕組みのひとつとして、例えば、バラについて、バラを栽培や輸出した場所(出所)、バラの植物学的な「原産地」の両方表示することも考えられていることである。また、単に「原産地」を表示するだけではなく、これらが資源原産国の事前の了承を得て、正当な方法で入手された書類を作成し、なんらかのデータベースを作成する制度上求められる可能性もある。
この手間による影響は甚大であり、生物遺伝資源を研究開発に利用しているバイオイ産業はもちろんのこと、食品、飲料、化粧品、化成品、花卉など多数の産業が影響を受けることになる。当然、企業経営戦略上も対処が必要となる。
以下では、この国際認証についての動向と、注意すべき先行事例を紹介し、国際認証の影響を受ける産業と望まれる対処を整理してみたい。
2.国際認証の動向とその影響
このような国際認証が検討されることになった発端は、生物多様性条約のCOP8(2006年、ブラジル)にて、「締約国は、2010年を期限として、国際認証の選択肢としてどのようなものがあるか、検討しなければならない」という採択がされたことである。
このような提案や採択がなされた背景として、自然資源が豊かな国が、「友好国グループ」を作り、自国の生物遺伝資源の流出を恐れて、このような主張をしたことが挙げられる。この友好国グループは、ブラジル、ペルー、中国、インドネシア、エチオピアなどの、自然資源が豊かな国で構成されている。いわば、生物遺伝資源版のOPECのようなものである。
この国際認証については、議論と検討は開始されたが、仮に導入されるにしても、完全に自主的なガイドライン、ISOなどの自主認証、法的拘束力を持った議定書のなかのどのような形になるか未定である。また、対象となる生物種についても、一定の種に限るのか、全ての種を対象とするのか、未定である。最悪の結果として、すべての種が対象で、法的拘束力を持った認証制度、かつ、前述のような出所や原産地の情報をすべて含むというシナリオになる可能性があるのである。従って、生物遺伝資源を扱うすべての業界や企業は、この問題について、注意深く動向を追いかける必要がある。
3.「バイオ・パイラシー」問題
国際認証の動向を見る上で、注意すべき問題がある。それは、「バイオ・パイラシー(bio-piracy)」という問題である。例えば、DVDソフトウェアの分野で、海賊版といった用語があるが、バイオ・パイラシーとは、「途上国の主張するところの」生物遺伝資源の「海賊行為」ということである。これは、友好国グループが、前述のようは動きをする原因ともなっている。
この問題が語られるときに、頻繁に引用される事例が、インドと米国の間で起こった、ターメリック(ウコン)に関する特許申請の「事件」である。これは、インド系米国人により、ターメリックの薬効に関する米国特許申請(米国特許第5,401,504号)がなされたが、インドの科学産業研究評議会の再審査請求によって、特許申請が拒絶された、というものである(注2)。インドの再審査請求の根拠は、インドにてすでに古くにサンスクリット語による文献にてウコンの薬効についての記述があるため、インドに先行技術があり、米国企業の申請は、発明要件としての新規性を満たさない、ということであった。要するに、「誤った特許」であったということである。
ウコンが、胃腸薬として使われていたり、サプリメントとして利用されていたりするのは、われわれが一般常識として持っているものである。また、インドに、このような香辛料に関する知見が古くからあることも、同様である。友好国グループに代表される、インドをはじめとした途上国が警戒しているのは、このような自国内に古くからある生物遺伝資源やそれに伴う伝統的知識(Traditional Knowledge; TK)が「海賊行為」として流出することと、それによって利益が友好国グループに還元されないことである。
4.影響を受ける範囲と必要な対処
国際認証が、議定書まではいかなくとも、なんらかの法的拘束力をもった制度として採択されてしまうと、あらゆる生物遺伝資源に関して、原産地から正当な手続きをもって入手したという書類などを添付する必要が、国際法上の履行義務として、生じてしまう。前述のように、食品、飲料、化粧品、化成品、花卉、あるいは、医薬品などの広い範囲での影響がでる。
巨大な資源輸入国である我が国の企業は、至極まっとうなこととして、例えば、植物を輸入する場合は、輸出国と日本の通関手続きを経て、生きているものなら検疫を経て輸入している。ここで、国際認証の結果によって大きく影響を受けるのは、工業原料として流通している植物材料などである。例えば、アマゾン川流域に自生するカムカムという植物がある。これは、ビタミン含有量が高く、健康食品として、ジュースやキャンディー、あるいは、サプリメントとして人気が出始めている。これに対して、ペルー政府は、カムカムの「原産国」であるペルーにカムカムの利益を還元せよ、という主張をWTOのTRIPS理事会にて行った(注3)。ペルーの主張は不備が多く、これがそのままWTOに受け入れられるとは予想しがたい。しかし、この考え方が、現在検討中の国際認証に含まれると、これまでの正当な資源入手手続きに加えて、アマゾン川下流であるブラジルから輸入したカムカムに対しても、「原産国」として、ペルーを明記しなければならなくなってしまう。「原産地」が明らかな資源ならば、手間は少ないが、生物種の起源を特定することは必ずしも容易ではなく、資源入手に多大な費用が必要となってしまう。
このような動向に対処するためには、まず、国際認証の動向に注意を払う必要がある。国際認証の内容を検討する専門家会合が、2007年1月に開催され、2010年までに、数回開催されると予想される。この動向を確認し続ける必要がある。また、「バイオ・パイラシー」の「いわれなき汚名」を回避するために、生物遺伝資源の用途が、例えば、研究開発目的での利用を少しでも含む場合には、資源提供国との事前の合意を、極力取り付けるようにすることが、今後ますます、推奨されるのである。
参考文献
[1] 田上麻衣子(2006)「バイオ特許をめぐる攻防 : 生物探査かバイオ・パイラシーか」財団法人バイオインダストリー協会『平成17年度報告書・ 生物多様性条約に基づく遺伝資源へのアクセス促進事業』pp. 311-332
[2] WTO (2006) ARTICLE 27.3(B), RELATIONSHIP BETWEEN THE TRIPS AGREEMENT AND THE CBD AND PROTECTION OF TRADITIONAL KNOWLEDGE AND FOLKLOR(2006年12月1日閲覧)。
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注1 正式には、原産/出所/法的由来に関する国際認証(an internationally recognised certificate of origin/source/legal provenance)と呼ばれる。
注2 インドの事例は、特に断りのない限り、田上(2006)による。一部専門用語を日常用語に変えてある。
注3 WTO公式ウェブサイト(2006年12月1日閲覧)。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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渡辺 幹彦
(株)日本総合研究所 主任研究員 海外事業・戦略クラスター 産業政策・技術戦略クラスター
専門分野:生物遺伝資源の産業利用、バイオ産業動向、気候変動(特に吸収源CDM)、環境・資源の経済価値評価、森林・生物多様性の保全、アジアの環境問題
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