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[コラム] エモーショナル・マーケティング 〜感情価値をマーケティングに組み込め〜

2007年02月07日 23:50更新 

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出展:日本総合研究所ホームページ(http://www.jri.co.jp/)「研究員のココロ (株)日本総合研究所 研究員 渕上 順一郎 2007年2月5日付」より


新たな付加価値としての「エモーション」

 企業が他社との競争で勝つためには、何らかのイノベーションを産み出さなければならない。そこで各社は商品やサービスに様々な差別化要素を取り入れようとしている。筆者も日頃のコンサルティング業務の中で新商品開発を手掛けることがあるが、特に成熟商品の分野においては、各社の技術が拮抗し、もはや製品そのものの機能やスペックだけでは差別化できなくなっていることを身をもって実感している。これは、「機能やスペックの差別化は、顧客にとって理解しやすい反面、競合他社から真似されやすいため、優位性が持続しにくい。つまり、製品そのものの差別化は根本的な差別化にはなり得ない」ということを表している。その結果、あらゆる商品が同質化してしまい、競争力を失っているのが現状である。
 近年、第五の経営資源として「ブランド」や「デザイン」が挙げられることが多い。これも突き詰めると、製品に無形の感情的価値や観念的価値を付加することで差別化を図っていこうという企業側の一つの戦略だといえる。これは、新たな付加価値として、「エモーション(感情)」が注目されてきたと解釈することができる。筆者はこうした取り組みを”エモーショナル・マーケティング”という概念で捉え、企業経営にどう組み込んでいくかに関心を持っている。そこで、このコラムではエモーショナル・マーケティングの有用性について考えてみたい。

高関与な商品ほどエモーションは欠かせない

 ここでは、エモーショナル・マーケティングを「商品・サービスを通じて顧客の五感に訴え、感性を刺激し、感情的な価値を提供するマーケティング」と定義する。こう書くと、商品の欠陥や品質の欠如を演出や仕掛けで補うギミックな手法を思い浮かべる方もおられるかも知れないが、決してそうではない。技術力に裏打ちされた品質的な価値を要していることがエモーショナル・マーケティングの大前提であり、その上でどのように顧客に価値を伝えていくかに主眼を置いている。品質の確かさを論理的・合理的に説明するロジカル・マーケティングと対を成す概念だと捉えて欲しい。
 言うまでもなく、人間の消費行動は経済合理性によってのみ行われるわけではない。時には非合理的な意思決定が介在している。とりわけ、嗜好性の高い商品や高額商品の購買になれば、それだけ合理性よりも感情や情緒的な感覚が最終決定に与える影響は大きくなる。具体的な例を挙げて説明すると、日常的に購入する食料品やトイレタリー用品などは価格や量、品質などが選択の最も重要な基準となるが、パーティーに着て行くドレスや自家用としてクルマを購入する場合には、その商品が放つ感情的な価値(ワクワク、ドキドキさせてくれるsomething)が選択基準の優先順位として上位に位置づけられる。エモーショナル・マーケティングは消費者の関与(※1)が高い商品ほど有効であるという特徴を持っている。

消費者にとっても企業にとってもプラスに働くエモーション

 大学でも感情とマーケティングに関する研究が進んでいる。関西学院大学の石淵 順也助教授によれば、「あの店は楽しかった」「あの街はワクワクした」など、消費者に蓄積された過去の快楽的な感情体験(筆者の言うところのエモーション)は、買い物をする店や街を選択する際の重要な要因となっているという。また、消費者の購買の意思決定と快楽的な感情体験との間には強い関係があることも実験結果から明らかになっている。具体的には、消費者が何かを買おうと思い、その商品についての情報を集め、必要な判断を下すまでの一連のプロセスにおいて、過去の楽しい体験が、効率的な行動を促進しているという。すなわち、感情体験が消費者の効率的な商品入手行動にプラスに作用するということである。
 また、同じ実験から、思った以上にお店に滞在してしまう非計画時間消費や思いがけないものを買ってしまう非計画購買も促進され、企業にとっても有益であることが分かっている。こうした、消費者側、企業側の双方にとって有益な感情体験は、消費者と企業の関係構築・維持のためのマーケティング手段として有用であると氏は結論付けている。

事例:HDJのライフスタイル・マーケティング

 ここで、エモーショナル・マーケティングの好事例を紹介したい。大型バイク“Harley-Davidson”の輸入・販売を手掛けるハーレーダビッドソンジャパン株式会社(以下、HDJ)である。HDJは、米国ハーレーダビッドソン社の100%出資子会社でありながら、日本国内で独自のマーケティングを展開している。それは同社のいう「ライフスタイル・マーケティング」である(※2)。HDJのライフスタイル・マーケティングとは、「オートバイだけを売るのではなく、ハーレーのある生活、ライフスタイルと共に売る」という理念の下、自らを小売業ではなくエンタテインメントを売る「サービス・レジャー産業」と位置づけ、感情的な価値を提供するマーケティングのことである。ライフスタイル・マーケティングの実践に当たっては、HDJが提供する顧客価値を、五感に訴える「ハーレー・10の楽しみ」(図表1)として明文化している。つまり、この「10の楽しみ」の価値実現のために行われる統合化されたマーケティング施策がHDJのライフスタイル・マーケティングである。これらがハーレーオーナーにとってこの上ない快楽的なエモーションを掻き立ててくれることは想像に難くない。
 その結果、1982年をピークに縮小する日本の大型バイク市場(排気量751cc以上)において、HDJは21年連続で成長を続け、2000年にはシェアNo.1を獲得、現在もその座を維持している。しかも、購入後の顧客満足度は長期に亘り98%という驚くべき成果を挙げている。競合メーカーに比べて約2倍も価格が高いにも関わらずに、である。全ては、オートバイという製品を売るのではなく、ハーレーのある生活を売るというコンセプトに基づき、自らの提供価値を「経験」という感情価値にまで昇華させることに成功した結果であろう。

エモーションは脱・コモディティ化の必要条件

 ある商品カテゴリーにおいて、競合商品間の差別化特性が失われ、主に価格あるいは量を判断基準に売買が行われるようになることを「コモディティ化」という。いったんコモディティ化が起こると、価格競争に陥りやすく、その結果、企業収益は悪化する。製品面でのイノベーションを起こしにくい成熟商品分野において「脱・コモディティ化」は参入企業にとっての至上命題である。コモディティ化から脱出するための新たな付加価値、その一つがエモーションである。つまり、製品の機能やスペックで差が付けられない以上、いかに感情的な価値をオンできるかに企業の競争視点はシフトしてきている。
 日本企業はこれまで「良いものを安く」提供することだけに注力してきた。しかし、モノが飽和した今日においては、消費者は商品そのものの機能ではなく、それを消費・体験することによる素晴らしい「感動」を求めている。CS(Customer Satisfaction)からCE(Customer Enthusiasm)へという言葉も一般化しつつある。今後は、人の心を動かすことのできる感情価値を企業側がしっかり認識し、感動を与えるための仕組みづくりを能動的に行い、その感動の対価を消費者から受け取っていくという企業側の意識変革が必要である。


以上

【脚注】
(※1):「関与」とは、その商品に対する入れ込み度合いのこと。
(※2):ライフスタイル・マーケティングは、日本法人であるHDJが国内において独自に開発・展開したものであるが、近年ではその実績が評価され、本国米国でも取り入れられている。
【参考文献】
・牧田 正一路「ハーレーダビッドソン・ライフスタイル・マーケティング」(東洋経済新報社)
・奥井 俊史「アメリカ車はなぜ日本で売れないのか」(光文社)
・ハーレーダビッドソンジャパン株式会社「HARLEY DAVIDSON LIFE STYLE BOOK 2007」
・B・J・パインII、J・H・ギルモア「新訳 経験経済」(ダイヤモンド社)
・石淵 順也「消費者意思決定に貢献する感情体験」(日本マーケティング協会「JAPAN MARKETING JOURNAL」)

※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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渕上 順一郎
(株)日本総合研究所 研究員 ビジネス戦略デザインクラスター
専門分野:マーケティングを切り口とした経営戦略・事業戦略
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