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[コラム] 「どのように見られているのか」を意識する

2007年03月27日 23:30更新 前の記事 次の記事  コラム・マーケティング一覧
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出展:日本総合研究所ホームページ(http://www.jri.co.jp/)「研究員のココロ (株)日本総合研究所 主任研究員 茅根 知之 2007年3月26日付」より


1.日常的な行動も見られている

 企業にとってブランド構築が重要であることは本稿で論ずるまでもないが、その重要なブランド構築を、「あるべき姿」である理念やビジョンの策定までで満足してしまっている企業を見かけることが多い。つまり、「私たちはこうあるべき」という目標だけを設定し、自らが「どのように見られているのか」について具体的な取り組みをしていない状況である。もちろん、自社のイメージ調査などを行う企業は多く、十分に取り組んでいるという指摘もあるだろう。しかし、そのような調査をしていても全従業員に情報共有できている企業がどのくらいあるのだろうか。企業を構成している全ての従業員が「どのように見られているのか」を意識しなければ、ブランド構築は成功しない。ブランドは、企業イメージと強く関わりがあるが、その企業イメージは、全従業員の日常的な活動からも影響を受けていることを再確認しておきたい。
 たとえば、日本総研の社名やロゴマークが入った紙袋を持った人が、電車のシルバーシート付近において携帯電話で会話をしているのを見た人は、日本総研に対してどのような印象を持つだろうか。また、ある会社を訪問した人が、そこで前も見ずに歩いてきた社員に押しのけられるような扱いを受けた場合、どのような印象を受けるだろうか。
 前者の例は、公共の場におけるマナーであり、「あの会社の人はマナーが悪い」という印象を持たれることになる。後者の場合も同様の印象を持たれることは間違いなく、社内という「自分たちの空間」という甘えが、マナー意識を弱くしていることも多いだろう。上記はあくまでも例示であるが、一人一人の行動から、「あの会社はマナーが悪い」という評価につながり、企業全体へのイメージダウンにつながるケースは少なくない。

2.あるべき姿を体現する

 それでは、企業のブランドを高めるためには、全ての従業員があらゆる時間、清く正しくいることが求められるのか、という反論もあるだろう。「たかが、マナー」であり、それは個人の問題ではないか、とも。本稿では、あえてマナー的なものを例示したが、そのような行動の積み重ねが、その人の評価を、さらにはその人の勤める企業の評価を決めていくことを認識する必要がある。どれだけ仕事に熱心に取り組む人であろうとも、道端に平気でゴミを投げ捨てている姿を見られれば、その人の評価は下がっていく。そして、そのような行為を繰り返し見ることで、「あの会社はマナーが悪い」という印象につながっていく。こうして出来上がった悪いイメージは、その会社の活動と結びつき、「あの会社のやることだから、あまり信用できない」という評価につながる。そして、それが複数の人に語られることで、さらなる広がりを見せていく。個人の小さな行動に過ぎないかもしれないが、それが積もり積もることで、大きなものになることを忘れてはいけない。風評被害は、このような積み重ねの、極端な一例である。
 ここまではマイナス面ばかりを論じてきたが、小さな行動の1つ1つが企業のイメージ形成に影響しており、その積み重ねがブランドを構築することを認識しておきたい。単にあるべき姿を策定するのではなく、従業員一人一人が自分の行動を見直し、あるべき姿を体現していくことが求められる。そして、その際には、「あの人のようになりたい」という"あこがれ"を持たれることが非常に重要になる。

3.本質的な企業力強化に

 本稿では、「どのように見られているのか」をブランド構築という観点でみたが、「下は上を見て育つ」という教育面の効果も確認しておきたい。会社であれば、部下は上司の振る舞いを見て、様々なことを学んでいく。社会であれば、子供は親を始めとする大人たちの振る舞いを見て、様々なことを学んでいく。その原動力の1つに、"あこがれ"があるだろう。
 上に立つ人が、日常的な活動から見本にならなければ、いくら「私たちはこうあるべき」と言っても伝わらず、従業員が行動に移すことはない。ブランドブックを策定し全従業員に配布したが「あるべき姿」に近づかない、という課題を抱える企業はこの点から見直す必要がある。経営陣自らが率先して目指す姿を体現しなければ、現場はどのように動いていいのかわからない。いいことを真似させること、そして、真似されるような見本となること、を実践していくことが求められる。これは、後輩が先輩を、部下が上司の仕事ぶりを真似るという、当たり前の、しかし、失われつつある教育プロセスでもある。このような教育プロセスを再構築するためにも、まずは、自分が「どのように見られているのか」を意識することが求められる。自分は、顧客や社会からだけではなく、身近な部下や同僚といった人々、さらには家族から見られており、それが何らかの影響を与えていることを強く意識しなければいけない。
 一人一人が、自分の振る舞いを意識し、あるべき姿に向けて取り組み始めることで、周囲の取り組みも変わっていくだろう。結果的に、本質的な企業力強化にまで結びつく。

 本稿で論じていることは、"当たり前"のことばかりである。しかし、その"当たり前"が当たり前ではなくなっている現実を認識し、それを取り戻すための取り組みが必要になる。そのためにも、まずは、「見られて恥ずかしくない」振る舞いを心がけることから始めていきたい。自らの日常を反省しつつ。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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茅根 知之
(株)日本総合研究所 主任研究員 マーケティング革新クラスター
専門分野:ブランド戦略、コーポレートコミュニケーション戦略(IR/PR/AD)、事業戦略、マーケティング戦略
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