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[コラム] 円売りキャリー・トレードの実態

2007年03月28日 23:57更新 mailメール

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出展:三菱UFJリサーチ&コンサルティングホームページ(http://www.murc.jp/index.php)「国際通貨研究所 国際金融トピックスNo.133/国際通貨研究所 経済調査部 部長 竹中 正治 2007年3月26日付」より


【円売りキャリー・トレードとは?】
2月末から3月初旬にかけて、世界の株式市場が下落すると同時に、対ドルで121円台まで円安が進んだドル円相場が115円まで円高に振れるという荒い相場展開が起こった。この円高の動きは円売りキャリー・トレードの持高が巻き戻し(=円買い)された結果と理解されている。外為市場の参加者以外には馴染みの乏しい「円売りキャリー・トレード」の実態と規模について説明する。

「円キャリー・トレード」という呼び名は1990年台後半に、外為市場でヘッジファンドによる円売りの動きが目立つようになってから一般化した言葉である。要するに、低金利の円を売り(円ショート)、ドルあるいは他の高金利通貨を買う(高金利通貨ロング)持高を意味する。円安局面ではこの手口で円と高金利外貨の金利差(現在ならドル円で4.75%)と円安による為替の売買幅(キャピタルゲイン)の両方を獲得できる。勿論、名目金利差に注目して、低金利の円を売り、高金利通貨を買う手口は古くからあるもので、例えば1980年代前半に日本の生損保が高金利のドル債券投資を急増させたのも、同類の取引である。

ところが最近改めて、日銀の福井総裁をはじめ内外の政策関係者による円キャリー・トレードの積み上がりに警戒、警告する発言が増えた。警戒される理由は2つある。第1は、それが円相場を過度に円安に動かせば、経常収支の不均衡の調整を遅らせるからである。第2は、この持高が急速に巻き戻し(=円買い)された時に外為市場、更には内外の債券、株式市場を不安定化させる危険があるからである。

例えば80年代後半には、巨額のドル債投資を積み上げた日本の生損保がプラザ合意を契機としたドル相場の下落に耐え切れず、大規模なドルのヘッジ売りを始め、ドル相場の下落に拍車をかけた。この時期、米国の債券、株式市場も不安定化し、87年の米国を震源地とする世界同時株価急落、ブラックマンデーの背景となった。比較的近年の例では1998年秋の対円でのドル相場急落(140円台から110円台)時に、円キャリー・トレード残高を積み上げたヘッジファンドなどに巨額の損失が生じた。当時破綻して資本市場を震撼させたロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)もそうした円キャリー・トレードに関わっていた。今年2月9、10日にエッセンで開催されたG7会合も最近の円キャリー・トレードの積み上がりを問題視した。その背景にはこうした過去の経験があるのだ。

【円売りキャリー・ポジション巻き戻し】
2月末に外為市場で円安から円高への転換が起こり、対ドルで円相場は121円台から115円台まで急騰した。同時に世界の株式市場で連鎖的な急落が起こった。マスメディアでは「中国上海株式市場の急落が契機になった米国株下落が主因」という解説が目立つが、後講釈の感がある。私はむしろ昨年暮れ以降に浮上した米国景気に関する強気の見方を弱気に修正する材料が連続し、「米国景気の先行きスローダウン→ドル金利引き下げ」の可能性を予想し始めたヘッジファンドなどを含む投資家が、外為市場では120円台という円安の値頃感も加わって円売りポジションを急速に縮小させ、一方やや過熱感のあった株式市場では売りを入れたという理解を重視したい。

実際、シカゴ商品取引所(CME)の円ドル通貨先物の非実需筋(Non-commercial)の持高(Open Interest)は2月13日の167千コントラクト(1コントラクト12.5百万円、総額約2.1兆円)の円ショートから3月13日には53千コントラクトの円ショート(約0.7兆円)と3分の1に急減した(注1)。勿論、この数字に反映された円売りポジションの変化は世界全体の投機的円ショートポジションの一部でしかない。

【円キャリー・トレードの規模を推計する】
世界全体でどの程度の円売りキャリー・トレードの持高があるのか?公式データはないので、判らない。判らないが故に、20兆円とも100兆円とも憶測の数字が流布し、市場関係者や政策当局者らの警戒心を煽っている。

極めてばらつきのある推計値が出回る理由のひとつは、公式データがないだけでなく、「円キャリー・トレード」に関する定義が論者でまちまちだからである。円キャリー・トレードをポジションの形態で分類すると、為替先物予約や通貨先物によるオフバランス(=現物の元本決済を伴わない取引)と、円資金を外貨に換えて現物の高金利外貨資産に投資するオンバランスに分かれる。 

また持高の動きの速さ(変動性)で見ると、動きの速い投機的持高と、比較的動きの穏やかな中長期の投資的持高に分かれる。前者に注目すれば、円キャリー・トレードの姿は「動きの速い獰猛な動物の姿」として映る。反対に後者に注目すれば「動きの鈍いゾウのような姿」として映るのである(注2)。相場に対して短期的なインパクトが大きく、市場関係者の関心の対象となるのは通常は投機的持高の大きさである。オフバランス取引の方が操作の機動性が高いので、投機的な円キャリー・トレードの大半はオフバランス取引として保有されていると考えられる。そこでオフバランス形態に注目して円キャリー・トレードの規模を推測してみよう。 

 円キャリー・トレード
  形態分類
   a, オフバランス(取引の機動性が高い:持高の変動性が高い)
      1、上場取引 通貨先物
      2、非上場証拠金先物
      3、相対取引 為替先物予約
   b, オンバランス(取引の機動性が低い:持高の変動性が低い)
      4、日本の投資家の外貨資産購入
      5、海外の投資家の円資金調達、高金利外貨資産購入

a-1ではシカゴの商品取引所(CME)の円通貨先物が代表的であり、その参加者の持高の集計が毎週発表されている。前頁で述べた通り、2月に過去最高水準に近い2.1兆円から3月初に0.8兆円まで縮小した。従って最近は数千億円から2兆円余りの規模で変動していると見てよいだろう。世界の他の上場通貨先物を含めるとどの程度の規模になるか? CMEのシェアーを50%と仮定すると、世界全体では1兆円強〜4兆円強の規模で変動していることになる。

a-2は近年急速にインターネット・トレードの形で個人投資家(投機家?)の間で広がったもので、多くの利用者は円売り・高金利買いの持高をベースに売買を繰り返している。業界筋の情報では日本では現在利用者数35万人、証拠金残高で5000億円〜6000億円と言われている。証拠金の10倍までレバレッジで持高を増加させれば、円ショートの総持高は5〜6兆円規模になり得る。世界全体でどの程度の規模になるか?日本のシェアーを仮に50%と想定すると10〜12兆円規模になりえるだろう。

a-3はほとんど公式データがないので、最も推計し難い。円キャリー・トレードに関わるヘッジファンドの多くも、銀行との為替先物契約を採っていると考えられる。極めて粗い推計であるが、日本の銀行の国内での対顧客為替先物予約、顧客の円売り・外貨買い残高の3分の1が比較的投機性の高い持高であり、かつ同取引の世界のシェアーが3分の1を占めていると仮定すると10兆円前後の規模となろう。

【やはり短期的には円キャリー・トレードの変動インパクトは大きい】
以上総合すると20〜30兆円がオフバランスでの円キャリー・トレードの規模として、当たらずと言えども遠からずの数字だと私は考えている。従って、比較的短期間に円キャリー・トレード持高が50%減少(あるいは増加)すれば、10兆円以上の円買い(増加の場合は円売り)となり得る。日本の年間の経常収支黒字は約20兆円(2006年)弱であることと比較すると、僅か1ヶ月程度の間に10兆円を超える円相場の需給変動が起これば、外為相場に与える影響度は大きい。そして、そうした変動が2月下旬から3月上旬にかけて起こったのだ。

東京市場の月間直物為替売買取引規模は百数十兆円に上るから、10兆円余りの円買い簡単に吸収できると考えるのは間違っている。売買出来高と為替の需給変化の規模を単純に比べてはいけない。風呂で湯船に1時間に1000リットルの水を入れると同時に1000リットル排出すれば、出入りの総水量は2000リットルになる。これが為替売買高に相当する。勿論水は溢れない。しかしネット(出入りの差し引き)で100リットルの水を入れれば水は湯船から溢れる。需給変化とは差額の100リットルのことである。市場では実際の売買は同額だから、「溢れる」ことはないが、その分、相場が急騰(あるいは急落)して需給が調整されることになる。

目先の円相場に関して言えば、記述の通り、シカゴの円通貨先物の円ショート持高が僅か1ヶ月で7割近くも減少したことを考えると、円高方向への相場の調整はひと段落した可能性がある。勿論、こうした動きの速い円キャリー・トレードの変化は、短期(1年未満)の円相場の変動に大きな影響を与えるものの、中期的には売り買い相殺されてしまうので、趨勢的な為替相場水準には限定的な影響しか及ぼさない。近年の趨勢的な円安にはもっと動きは鈍いが、底積み的な需給インパクトのあるオンバランス(実物投資)の変化が関わっている。それについては、また別の機会に報告する。


(注1):CME通貨先物の本件データは勿論CMEが公表しているが、一般の方は「外為どっとコム」以下のサイトを見る方が判り易いだろう。http://www.gaitame.com/market/imm/imm_currency.xls
(注2):3月8日付のFinancial Timesの記事"Mundane Truth of Yen Carry Trade(円キャリー・トレードのありふれた真実)"は、日本の個人投資家の資産が投資信託などを通じてこれまでの円安相場を現出させた主役だと指摘し、短期的な円高の動きに対しては、日本の個人投資家は逆張り(円売り外貨買い)のチャンスだとして反応するので市場のstabilizer(安定装置)として働くと述べている。これはオンバランス取引に注目した見方であり、その限りでは妥当だ。

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