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[コラム] アジア諸国の為替相場の上昇圧力と短期資本の流入

2007年05月01日 22:18更新 前の記事 次の記事  コラム一覧
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出展:三菱UFJリサーチ&コンサルティングホームページ(http://www.murc.jp/index.php)「国際通貨研究所 国際金融トピックスNo.135/国際通貨研究所 経済調査部長 竹中 正治 2007年4月27日付」より


【自国通貨の為替相場上昇圧力に直面するアジア諸国】

アジア諸国の自国通貨上昇圧力が高まっている。図表1は各国通貨の対ドル相場推移を2002年1月の水準を100として表示したものである。既に韓国ウオンは2005年暮れから上昇基調が顕著であり、タイバーツも同様である。シンガポール・ドル、マレーシア・リンギットも上昇基調であり、人民元は2005年に小幅切り上げて、ドル固定相場制から「通貨バスケット方式」に移行して以来穏やかに上昇している。軟調だったインドルピーも過去数ヶ月騰勢を強めている。こうしたアジア通貨上昇の基調的な原因は、アジア諸国の経常収支黒字の増加であり、また企業成長を見込んだ投資資金がこれら諸国の株式市場などに流入しているからに他ならない。アジア諸国は、こうした資金流入に警戒的姿勢を強めている。その理由は以下3つである。

(1)外資の流入が自国通貨相場の急速な上昇をもたらせば、自国の輸出企業の価格競争力が低下する。(2)外資の流入で国内の株式や不動産価格のバブル的高騰が起これば、やがてバブルがはじけた時には、厳しい経済調整局面が到来する。特に外資が流出に転じた時にクレジット・クランチが生じるリスクが高まる。(3)自国企業がドルなど外貨資金調達を増やし、自国通貨に転換して使用すれば、外貨債務・自国通貨資産の為替持高が拡大する。将来 外資が流出に転じた場合に、自国通貨相場の下落が起こり、それに伴ってこれら企業に巨額の為替損が生じ、損失規模次第で信用不安に発展する危険が高まる。

(1)の輸出企業の採算が悪化するというのは短期的な問題に過ぎない。自国通貨の為替相場上昇は交易条件を改善し、中長期的には自国の経済的な豊かさにつながる。要するに産業構造の転換に要する時間と為替相場変動の速度の問題である。(2)と(3)は10年前のアジア通貨危機の原因となった事由であり、アジア諸国政府が今回外資流入に神経をとがらしているのは、アジア通貨危機の教訓として当然のことである。

実際、アジア通貨危機の直前の96年までは資本流入によるASEAN諸国通貨の為替相場については上昇基調の予測が一般的だった。ところが、97年以降は通貨売り投機と外資の流出でASEAN諸国通貨は暴落に転じた。伝統的な経常収支赤字が通貨危機につながるケースと異なり、マネーフローの急速な変化により、実体経済の動きからは説明できない急激な変化が生じるのが今日の「資本収支危機」の特徴である。

【アジア地域内の通貨ミスアライメントの兆】

次にアジア通貨相場相互間の関係を見てみよう。諸通貨相互間の関係を包括的に見るのはどうしたら良いか。図表1のように対ドル相場の変化を通貨毎に見ても凡そのことは判るが、ドル相場自体の上昇、下落に影響されてしまう。そこで円を含むアジア諸通貨を構成要素にした「通貨バスケット(AMU:Asian Monetary Unit)」を計算し、ある時点を基点にAMUからの各通貨の乖離率を計測する手法が考えられる。これは欧州連合(EU)加盟国がユーロ導入以前に欧州通貨制度(EMS)の下で採用した欧州通貨単位(ECU)を算出する際に用いた手法と基本的に同じである。各国の経済規模(GDP)や貿易規模をベースにしたウエイトを用いて、各通貨の加重平均としてAMUは算出される。図表2は経済産業研究所(RIETI)がホームページで公表しているもので、各アジア通貨がAMUに対して基準時点2000−2001年の平均水準からどれだけ乖離しているかを表示している。また、図表2は名目為替相場ではなく、消費者物価で実質為替相場の変化で示してある。

「為替相場を実質化して見る」とはこういうことである。例えばドル円相場が10年間に10%円高に変化しても、日米のインフレ率格差が同じ期間に10%あれば(米国の物価上昇>日本の物価上昇)、実質のドル円相場は不変であり、実体経済にマクロ的な影響は生じない。インフレ格差以上に為替相場が変化した分が「実質的な変化」である。図表2で見ると、韓国とアセアン諸国の通貨が全て上方乖離(自国通貨高)、中国人民元は横ばい、日本円は下方乖離(円安)となっている。 日本円と韓国ウオン乖離率は50%にも及んでいる。このことは韓国の輸出企業が、日本の競合する輸出メーカーとの価格競争で厳しい状況変化にさらされていることを意味する。一方、日本に旅行する韓国人にとっては自国通貨のウオンの日本での購買力が増加していることになり、実際韓国人の日本旅行客が増えている。

この図は現在のアジアの通貨配置構造(currency alignment)の2つの問題を示唆してくれる。ひとつは、中国が若干弾力化したとは言え、大規模なドル買い介入により、対ドルで年率3%程度の人民元高しか許容しない姿勢を維持して来た結果、中国と産業構造上の競合関係にある他アジア諸国も市場需給が誘導する自国通貨高を許容できないでいることだ。この結果、アジア地域全体と米国の間の経常収支不均衡は拡大の一途を辿っている。先送りされた不均衡の調整ほど将来の実体経済、為替相場・金融・資本市場のハードランディング調整の可能性を高める。

第2点は円安の進行がもたらす影響である。 円安は日本企業と競合するアジア諸国の輸出企業の価格競争力を削ぐ。円安が相手国の経済に与えるマクロ的な影響度は、韓国のように産業構造上日本と競合する度合いが高い国ほど不利なものとなる。反対にASEANや中国のように日本と競合するよりも補完する度合いが高い産業構造の国にとっては、円安は日本から輸入する機械や部品の価格が下がるのでメリットも大きくなる。しかしいずれにせよ、このまま円安トレンドが持続すれば、為替相場を通じた価格競争関係は、日本と韓国、アジア途上国の間で大きく変わり、海外に生産をシフトした日本企業も本国への一部回帰を含めた見直しが必至となろう。

【円安の基調的な原因としての外貨投資の増加】

では、なぜ円安が進んでいるのか? 「高齢化が進む日本では経済成長率は低下し、国内貯蓄率も低下し、対外収支も過去の黒字から将来は赤字に転じるだろう。従って円安」という円ペシミズム論が広く流布している。確かに日本の経常収支黒字の増加は、ご存知の通り円高要因であり、それが赤字に転じるなら円安要因である。ところが現実には反対で、日本の経常収支黒字は更に増えて昨年19.8兆円と過去最高を更新した。とりわけ、180兆円(2005年末)を超える規模に積み上がった対外純資産からの所得収支(海外との配当や利息の受払い収支)の黒字の増加が顕著である。近年の円安トレンドの背景には、経常収支黒字を相殺する円安需給要因として、家計の外貨投資が機関投資家のそれに匹敵するような規模に成長したことが指摘できる。

とりわけ、機関投資家に代わって個人投資家の円売り・外貨買い持高が、投資信託の形態で積み上がっている。2007年2月末時点に純資産残高で72兆円に達した公募投資信託の内、外貨資産は約40%、29.5兆円に及ぶ。これは前年同月比8.8兆円の増加、3年前比20.1兆円の増加である。家計の外貨金融資産としては、この他に外貨預金と海外証券投資が合計で12.2兆円あり(2006年12月末時点)、これを加え合計で40兆円余りが家計の直接保有する外貨建て金融資産と見積もられる。

多くの市場参加者の関心は、動きの速い投機筋の円キャリー・トレードの持高の伸び縮みに注がれている。しかし、こうした動きは短期の円相場の変動に大きな影響を与えるものの、中期的には売り買い相殺されてしまうので、趨勢的な為替相場水準には目立った影響を及ぼさない。近年の趨勢的な円安には動きは鈍いが、底積み的な需給インパクトのあるオンバランス(実物投資)の変化が関わっている。外貨建て投資信託の増加は、そうした底積み的な円安要因の代表格である。

【高まるミスアライメント調整のリスク】

まとめると、現在のアジア通貨相場の問題は次の3点に要約できる。 (1)膨張する米国経常収支赤字を中心とする国際的な不均衡問題に占めるアジア諸国の割合の大きさ、(2)過小評価水準に止まる人民元相場とその他のアジア諸国に対する通貨相場上昇圧力の高まり、(3)経常収支黒字の増加にもかかわらず、相対的な円安推移の日本円。 こうしたトレンドは通貨関係のミスアライメント(misalignment)を次第に拡大し、やがて大きな調整局面を到来させる可能性を高めるだろう。
以上


図表1

出所: IMFデータに基づき当研究所で作成

図表2 実質AMU乖離指標

出所:独立行政法人 経済産業研究所(RIETI)

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