[コラム] インド投資をどう進めるか
出展:日本総合研究所ホームページ(http://www.jri.co.jp/)「研究員のココロ (株)日本総合研究所 主任研究員 今井 宏 2007年4月27日付」より
BRICsブーム、インドブームといわれる。しかし、日本企業のインド投資はなかなか増えない。インドをどう捉え、どのように投資を計画したらいいのだろうか。
1.日本企業の関心が高まるインド
インドでは、2003年度以降、年率7〜9%程度の経済成長が続いている。
ゴールドマンサックスの発表したBRICsレポートでは、インドは2040年まで年平均6%の経済成長率を持続し、将来的に経済規模で日本を追い越し、2032年には、アメリカ、中国に次ぐ世界第3位の経済大国になると予想している。またBRICs4カ国の中でみても、2050年まで持続的に3%以上の成長が可能な国はインドだけであるとしている。
また、現状をみても、総人口が10億人を超えていることに加え、いわゆる中間所得層も拡大しつつあるといわれ、中国と並ぶ巨大市場として、国際的関心が高まっている。
このような状況の下、日本企業のインドへの関心も高まっている。『わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告−2006年度海外直接投資アンケート結果(第18回)−』(2006年11月)によれば、中期的(今後3年程度)な有望事業展開先国・地域としてインドが毎年順位を上げ、2005年度、2006年度と、中国に次ぐ第2位となっている。これまで、インドは長期的(今後10年程度)には有望な投資先として認識されていたものの、中期的(今後3年程度)には、相対的に重要度が低かったといえる。例えば、2002年を例にとると、インドは、長期的には3位となっているが、中期的な投資先としては第6位であった。しかし、ここ数年で、長期的な投資先としての有望性に加え、中期的にも有望性が急速に増してきている。2006年度調査においては、長期的にも、中期的にも、インドは中国に次ぐ第2番目の有望先として日本企業に認識されている。言葉を変えていえば、インドの投資先としての潜在的な有望性が顕在化したといえよう。
しかし、日本企業のインド投資は思ったほどには進んでいない。2006年6月末時点の日本企業のインド現地法人数は352社(在デリーインド大使館調べ)に過ぎず、中国への進出企業数に比べると1桁どころか2桁の違いがある。
2.インドにおけるビジネスチャンス
今後、インドビジネスが有望である根拠として、以下の諸点が挙げられる。
(1)高い経済成長の持続
第1は、2003年度(2003年4月〜2004年3月)以降、高い経済成長率が続いていることである。
2003年度8.5%、2004年度7.5%、2005年度9.0%と高成長が続き、アジアでは中国に次ぐ高い経済成長率を維持している。さらに、2006年度(2005年4月〜2006年3月)は、2005年度を上回る9.2%程度の成長が見込まれている。また、現在注目されているBRICsのなかでも、インドはロシアをしのいで、中国に次ぐ経済成長率となっている。さらに、現在では中国よりも低い経済成長率にとどまっているインドであるが、潜在成長力を比較した場合には、2006〜2010年では中国とほぼ肩を並べ、2011〜2015年にはインドが中国を上回ることが予想される。ただし、2006〜2010年の期間については、中国で北京オリンピックや上海の万国博覧会が予定されているため、中国の実際の経済成長率が潜在成長率を上回ることが予想される(日本経済新聞社『図説BRICs経済』)。
(2)潜在市場の巨大さ
インドは、中国に次ぐ世界第2位の人口規模を持っており、潜在的な市場の大きさは極めて大きいといえる。インドでは10年に1度しか国勢調査がないため、正確な人口統計は無いものの、国連の推計によれば、2005年中にインドの人口は11億人を上回ったとみられている。これに加えて、若年層の人口が多いことから、労働力の供給面での制約が無く、豊富な労働力供給が生産水準の向上をもたらし、これが所得の向上につながるという好循環が生じることが期待できる。
このような総人口の多さに加えて、インドでは中間所得層が台頭してきているといわれる。中間層の拡大を物語る例として、自動車と携帯電話市場の拡大が挙げられる。
インドの自動車市場は活況を呈しており、2005年度国内販売は157.6万台に達した。このうち、乗用車が98.1万台、UV・MPVが24.6万台を占めている。これまでの主力であった商用車は34.8万台にとどまり、本格的なマイカーの時代を迎えようとしている。とくに、小型車を中心に、自分のお金で車を買う人たちが急激に増えてきている。さらに、インドの自動車市場は、2015年には300万台を超え、2020年には500万台近くに達するものとみられる。
また、携帯電話の普及が急速に進んでいる。2007年2月末時点の携帯電話契約者数は1億6,250万人に達した。契約者の多さ以上に注目すべきは、増加の速さであり、2006年4月に初めて1億人を突破して以降、毎月600万人を上回るペースでの拡大が続いている。
これまで潜在市場といわれてきたインドにおいて、市場の顕在化が見え始めている。
(3)豊富な労働力供給
人口で世界第2位の規模を誇るインドは、当然の事ながら労働力の量的な供給には問題はないが、質の面でも良質の労働力供給が期待できる。
まず、量的な供給面についてみると、インドでは人口の多さに加えて、中国(一人っ子政策の影響で若年労働者の比率が低い)と比べて若年労働者比率が高く、若くて豊富な労働力の供給が可能である。
また、質の面についてみると、高等教育機関、とくに理工系大学出身者の多く、またIT関連分野への就職が多いことからわかるように、非常に優秀な技術者の獲得が可能となっている。2008年には、IT技術者を中心に年間49.7万人の理工系大学の卒業者が見込まれている。
また、英語を理解する人口の多さもインドの大きな魅力となっている。
(4)インドを含む自由貿易協定の進展
近年、インドを含む自由貿易協定(FTA)の動きが活発化しており、これをうまく利用することにより新たなビジネスチャンスが生まれる可能性がある。
なかでも、日本企業にとって大きなインパクトを持つのが、対タイ包括的経済協力枠組協定である。最終的に2010年中にすべての関税を撤廃することに加え、82品目のアーリーハーベスト品目について税率の段階的引き下げが始まっている。タイに製造拠点を持つ多くの日系企業においては、既にタイ・インド間FTAの活用が始まっており、以下のようなアーリーハーベスト効果が現れ始めている。
日系AVメーカー:インドのテレビ工場を閉鎖し、タイからの輸出に切り替え
日系家電メーカー:高付加価値冷蔵庫のタイからインドへの輸出を開始
日系家電メーカー:カラーテレビ用ブラウン管をタイからインドへ輸出
日系自動車メーカー:タイからインドに組立部品を輸出
3.日本企業がインド市場で事業展開を進めるうえでの問題点
日本企業がインド市場で事業展開を進めるうえでの問題点としては、以下の諸点が挙げられる。
(1)外資政策上の問題
インドでは、1990年代以降の市場開放と規制緩和により、外資への規制は大きく減少しているものの、国内産業保護などを目的に、一部の産業については外資の出資が禁止または制限されている。なかでも小売分野については、一部の例外を除いて外資参入がほとんど認められていない。
(2)インフラ整備の遅れの問題
インドではインフラの整備の遅れが顕著となっており、投資を検討する外国企業にとっての大きな投資阻害要因となっている。
電力については、停電が恒常化しているため、外資系ではほとんどの工場で自家発電機を導入せざるをえず、コスト高を招いている。
また道路など陸上輸送インフラ整備の遅れの問題は、電力と並ぶ大きな問題となっている。例えば、現在、グルガオンやノイダの工業団地に立地する企業が、ムンバイ港またはチェンナイ港で通関し、そこから陸送により国内輸送を行う場合、各都市間を結ぶ高速道路網がほとんど整備されておらず、どちらも通常1週間以上の日数を要している。また路面状況が悪いため、製品が大きなダメージを受けるケースもある。
(3)投資手続上の問題
インドでは、投資手続に限らず、一般に行政手続が煩雑で時間がかかることが問題となっている。またインドでは地方政府への権限委譲が進んでいるため、仮に自動認可の投資案件の場合であっても、州レベルで必要な投資手続を行わなければならない。投資関連の手続でいえば、土地の購入、工場の設立、電気や水道の施設、外国為替取引などの諸手続が極めて複雑で、多くの手間と時間がかかる。極端な例でいえば、外国企業による電力関連の投資プロジェクトの場合、中央政府レベルで43種類の手続、州政府レベルで57種類の手続、合計で100種類もの行政手続が必要とされる(インド工業連盟調べ)。
また外国投資手続に関するいわゆるワンストップセンターを持っていないことも、他の東アジア諸国と比べてインドの投資手続が煩雑である理由の一つとなっている。
(4)労働者保護色の強い労働法制の問題
インドでは、外資系企業において労働争議が起こる頻度が高まっている。この背景には、労働者保護に過度に偏った労働法制の存在があり、保護色の強い法制度をバックに労働者が助長し、労働争議が多くなるという構図がある。
Industrial Disputes Act(産業争議法)では、100人以上の従業員を雇用する企業が従業員の解雇を行う場合には、事前に州政府からの許可を取得することが義務付けられている。しかし、州政府からの許可取得は非常に難しいのが実状であり、そもそも解雇自体が容易ではない。また仮に解雇できたとしても、解雇された従業員に対しては、調停所への申し立てや、これが不成立となった場合の労働裁判所での審議を認めており、解雇が無効となるケースも少なくない。
(5)国内取引にかかる諸税の問題
州売上税は、製品またはサービスの販売にかかるが、州ごと、品目ごとに税率が異なるため、進出企業が国内で統一的な価格政策や経費処理を行うことを困難にしている。また付加価値方式での課税ではないため、取引によっては二重、三重に課税される。
さらに、州をまたぐ取引に対しては、中央売上税が課税される。また売上を伴わない製品の移動の場合であっても、州によって越境税が徴収されることがあり、物流コスト増大の一因となっている。
(6)関税などの輸入関連税制や非関税障壁の問題
インドでは、輸入関税率が相対的に高いことに加えて、国内で物品税がかかる品目の輸入に対しては物品税と同率の相殺関税がかかることや、2004年7月から導入された2%の教育目的税が相殺関税と最終的な支払い税額の両方に二重に課せられることなどの理由から、輸入関連の税金の合計が30〜40%に達する。このため、インドに進出している日系企業は、インドの輸入関連税額は中国やASEAN諸国の倍以上という認識を持っている。
4.インド投資をどう進めるか
今後、インド投資を進めるに当たっては、まず第1に、以下のような基本的な方向性を検討する必要がある。
1.ターゲット市場をどこに置くか
2.自社のインド以外の海外拠点との連携をどうするか
そのうえで、インドの市場特性を考慮した長期的な観点からの進出戦略の立案が必要となる。戦略立案に当たっては、過去の外資系企業のインド投資の成功事例・失敗事例を踏まえたうえで、自社に適したインド投資のための戦略を練っていかなければならない。とくに以下の点については、十分な検討を行う必要がある。
1.進出形態と進出規模の選択
2.市場投入製品の慎重な選択
3.インド法人日本人トップの選定
4.現地スタッフの活用と権限委譲
※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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今井 宏
(株)日本総合研究所 主任研究員 海外事業・戦略クラスター
専門分野:国際ビジネス戦略、国際ビジネスマン育成、アジア経済・投資環境(東南アジア、インド)、ロシア・中東欧経済・投資環境、途上国産業振興
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