[コラム] 米国資産担保証券市場の機能麻痺
出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティングホームページ(http://www.murc.jp/index.php)「国際通貨研究所 国際金融トピックスNo.143/国際通貨研究所 開発経済調査部長 竹中 正治 2007年8月13日付」より
【住宅ブーム末期に急増した無謀なサブプライム・住宅ローン】
米国のサブプライム住宅ローンとは、金融機関が過去の信用履歴や所得水準に基づいて信用力が低いと判断する債務者に対する住宅ローンの総称である。信用力の高い債務者へのプライム・ローンとは区別され、適用されるローン金利も高い。米国で長く続いた住宅ブーム最終局面の2003年から2006年頃にかけて、サブプライム・住宅ローンが急増した。
この時期のサブプライム・ローンでは、そもそもローン金額が債務者の所得に比べて過大であり、かつ適用金利が高いので、元利均等返済で返済キャッシュ・フローを組むと、月々の元利支払額が大きくなり、支払いが困難になる。そこで、ARM(Adjusted-Rate Mortgage)と呼ばれる金利見直し方式が使用されてきた。ARMの多くで、(1)ローン開始から当初特定期間(1年〜3年)は、利息のみの支払いで済む「インタレスト・オンリー方式」、(2)支払い利息さえも少額に設定し、足りない分は将来(当初期間終了後)の返済元本に上乗せする手法、などが利用された。
当然、当初期間が終わると、金利も支払い金額も見直されて、支払い金額が急増するので、借手、貸手いずれの立場から見ても無謀なローンである。しかし、住宅価格は上昇を続けるという借手の甘い見通しや、リスクを十分説明しない詐欺まがいの住宅ローン専門会社のセールスによって、こうしたローンが横行した。
今年2007年7月19日、FRBバーナンキ議長は「サブプライム・クレジット商品に絡む損失額は500億ドルから1000億ドル程度と推定される」と述べている。この損失金額は、米国の住宅ローン市場の業界専門筋で予てから予想されていた数字である。
【複雑な仕組債の故に時価の特定が難しい】
ところが、投資家の損失が顕現化するまで時間がかかり、現在なお損失の全貌が見えていないことが、不安を増幅している。この点を以下に説明しよう。
サブプライム・ローンの多くはRMBS(Residential Mortgage Backed Securities)と呼ばれる資産担保証券の一種として証券化される。ところがこのままだと、資産の質が低いため一部のハイリスク志向の投資家にしか売れない。そこで、サブプライム・ローン以外の他種のクレジット債権なども盛り込み、更に返済に優先順位をつける、あるいは信用補完(保証)をつけるなどによって、最上級格付け部分(シニア債と呼ばれる)から中・低位格付け部分(メザニン債)、更に投資不適格部分(劣後債)までのリスクの異なった仕組債に分割する。この証券化商品はCDO(Collateralized Debt Obligation)と呼ばれる。サブプライム・ローンが盛り込まれたCDOの発行残高は約1兆ドルと言われ、米国内外の投資家、投資ファンド、金融機関に拡販された。
このCDOは上記の通り、リスクに応じた分割がなされ、各部分はヘッジファンド、銀行、資産運用、保険などの投資家に売却されている。銀行、保険など大手機関投資家が保有しているのは概ね最上格付け部分(シニア)と推測される。サブプライム・ローンの延滞・債務不履行が過去の実績に基づいて確率的に計算された範囲に止まるならば、損失は最上級格付け部分にはまず及ばないはずである。現在の状況は、超高層ビルの下層で起こった火事を高層階の住人が不安げに見下ろしているようなものであろう。
ただし、問題はCDOの損益評価に係っている。RMBSでもシンプルで流通市場での流動性が比較的高い種類については、市場時価での評価が原則である。しかしそうした時価情報が乏しい銘柄は、DCF(Discount Cash Flow)に基づく理論値で評価するしかない。CDOの評価は一般にそうした理論値で行われている。
【資産担保証券市場の機能麻痺と信用収縮のリスク】
ところが、CDOのハイリスク部分(劣後部分)に投資した投資ファンドの破綻や解約の増加で、CDOの売却・清算の動きが目立ち始めたところ、低格付け部分はもとより、中位(メザニン)、最上位の格付け部分(シニア)でも理論値をかなり下回る買値しか現在の市場では出てこないことが表面化してしまった。また、格付け機関がRMBSの格付けの見直し(ダウングレード)を開始した。更に、サブプライムに投資した出資者の解約請求をファンド側が出資条項を発動して封鎖するという動きに出た。不安にかられた投資家は、まだ解約封鎖を発表していないファンドの解約を急ぐことになる。こうした結果、損失が中位、最上位の格付け部分にも波及するのではないかとの不安が急速に高まり、投資家や金融機関が出資やファイナンスを萎縮させる負の連鎖が生じてしまったと言える。
更に、サブプライム・ローンを資産としていない一般の資産担保証券市場まで投資家が敬遠するようになり、この市場に資金調達を依存していたノンバンクなどが流動性危機(資金不足)に見舞われる事態となった。その一例が、米住宅ローン最大手のカントリーワイド・フィナンシャルの流動性危機(資金不足)である。カントリーワイドは銀行、証券、保険などの子会社を抱える総合金融グループである。同社は住宅ローンを中核事業としているが、同社の証券子会社はニューヨーク連銀との直接取引が認められたプライマリー・ディーラーであり、年初来破綻が報道されて来た住宅ローン諸会社とは規模も、格も異なる。8月17日にFRB(米連邦準備理事会)が緊急会合を開催して公定歩合の0.5%の切り下げを決定した理由のひとつが、同社の資金繰り困難に代表される信用収縮(クレジット・クランチ)の広がりであると考えられている。
以上概括したサブプライム危機が提示する諸問題として、次の3点が注目されている。
【教訓1、略奪的、あるいは詐欺的な住宅ローン】
米国でも低所得層を対象にした高利の「略奪的な融資」は以前から繰り返し問題視されて来た。既述の通り、当初期間(1年〜3年)のみ返済金額を著しく少額に設定することで所得比較多額のローンを高金利で債務者に負わせてしまうことは、程度の問題はあるにせよ、「略奪的」と呼ぶべきだろう。さらに、リスク説明の不足から完全な詐欺に至るまで様々に違法性の異なるケースが生じた。既に個人、集団ベース双方の債務者によるローン会社に対する訴訟が増えている。
【教訓2、金融証券化の副作用】
ローン証券化の副作用として話題になっている問題には2つの側面がある。第1は、ローンが証券化され売却されてしまうことで、住宅ローン会社が無謀なローンに傾斜しやすいというモラルハザードの問題である。しかし、信用リスクの数量的計測が発達している米国では、特定の住宅ローン会社のローン資産の延滞率が、他業者比、あるいは過去の実績比で上昇すれば、より劣位の資産と認識され、その点を織り込んだ低い価格でしか売れなくなる。そういう意味で、「証券化して売ってしまえばリスク・フリーだから」というような単純なモラルハザードは原理的には生じない。また、日本のバブル期を振り返れば明らかなように、伝統的な融資(非証券化)ならば与信審査が証券化モデルに比べて厳しさが維持できるというわけでもない。どういうビジネス・モデルでも、ブームの末期には「則を越える」行為が横行すると言うべきだろう。
第2の点は、ローン資産が証券化され、他種のクレジット資産も組み込まれた上、クレジット・デリバティブ取引などが加わり、CDOなどの証券化商品が広く世界中の投資家、投資ファンドに販売されることで、損失の所在、市場全体の損失額の計測が困難になっていることから生まれる「不確実性」である。ただし、証券化でリスクが分散されることのメリットと損失の所在の特定の容易さは、トレードオフの関係にあると考えられる。伝統的な融資の場合、90年代のバブル崩壊後の日本のように、銀行部門に損失が集中する。その結果、銀行・金融システム自体が脆弱になるリスクがある。一方、証券化は銀行など特定の金融セクターへのリスク集中を回避でき、当局による特定金融機関の救済がモラルハザードを生む問題を回避しながら、損失を分散して償却して行くことができる。
【教訓3、格付け会社の機能】
2001年のエンロン、ワールドコムなどの企業の粉飾決算事件の時にも問題になったのが、格付け会社の機能の妥当性である。今回も証券化商品の格付けの見直しが遅過ぎる、あるいは当初から適正だったのか、更には格付け会社が証券化ビジネスからの格付けサービス収入の急増で審査を甘くしたのではないか、などの批判が出ている。格付け業務が実質的に数社による「事実上の独占状態」にあることも、問題の根底にあるだろう。
しかし、格付け会社は神の目を持つわけではない。投資家、投資ファンドが、資産の実態を直接審査することができないような投資商品に、格付けのみに依存して膨大な資金を投じること自体が、ある意味で異常ではなかろうか。そうした反省が投資家の間に広まれば、証券化市場の拡大は勢いが削がれようが、むしろそれは正常な調整と言うべきかもしれない。
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