出展:三菱UFJリサーチ&;コンサルティングホームページ(http://www.murc.jp/index.php)「国際通貨研究所 国際金融トピックスNo.151/国際通貨研究所 経済調査部長・チーフエコノミスト 竹中 正治 2008年1月15日付」より
縮小に向かう米国経常収支動向
「ドル離れ」「ドルの凋落」がしきりと話題になっているが、遅ればせながらも米国経常収支赤字の縮小傾向は鮮明になって来ている。現在のドル下落基調が継続すれば、今後2〜3年で米国経常収支赤字は対GDP比率で目立った縮小を見る公算が高い。こうした変化は、ドル相場の下落に加えて、米国経済成長率の鈍化と発展途上国を含む貿易相手諸国の相対的な高成長という成長率格差の変化から生じた「所得効果」によっても助長されていると一般には考えられている。80年代にも見られたこうした所得効果による米国経常収支調整が、米国の輸出増加、輸入抑制という形で現在短期的に作用していることは否定できない。 しかしながら、成長率格差変化による所得効果は、趨勢的要因としては90年代以降表面化しなくなっている。一般に受け入れられているイメージとは異なり、90年代以降の事実は、貿易相手諸国の経済成長率の米国に対する相対的な上昇傾向と米国の貿易赤字の拡大の並存である。
【足元で進む経常収支赤字の縮小】
12月17日に発表された米国第3四半期の経常収支赤字は1784.5億ドル(19.6兆円)となり、前年同期比で17.9%の減少となった。仮に第4四半期の経常収支赤字も前年同期比で10%程度減少すると見込むと、2007年通年の経常収支赤字の対GDP比率は5.3%程度となり、2006年の6.1%から大きく縮小する(第3四半期のみの同比率は5.1%である)。(図表1参照)
一般に経常収支不均衡の調整は、為替相場の変動による効果(為替相場効果、あるいは価格効果)と貿易相手諸国との内需成長率格差による効果(所得効果)によると考えられている。ここで言う所得効果とは、正確に言うならば、自国でのGDP潜在成長率よりも低い内需成長率、あるいは貿易相手諸国でのGDP潜在成長率よりも高い内需成長率、もしくはその双方が同時に生じる場合に、自国の経常収支赤字の縮小、あるいは黒字の増加がもたらされるものである。
現在の米国の経常収支調整は、ドル相場の全般的な下落のみならず(為替相場効果)、住宅不況とサブプライム危機の影響で米国経済の内需がスローダウンする一方で、貿易相手諸国の経済成長率(内需成長率)が比較的高い水準を維持していることによる所得効果により助長されていると一般には考えられている。
確かに2007年1-9月の対前年同期比での経常収支赤字減少額590億ドルの内、財の貿易赤字縮小による部分は56.1%、サービス貿易収支による部分は32.6%を占める。とりわけ財とサービスの輸出の伸びが顕著である(財輸出の前年同期比増加率+12.0%、サービス輸出同+12.1%、財輸入同+4.1%、サービス輸入同+7.2%)。更に財の輸出で伸びの大きなカテゴリーは生産財と資本財であり、途上国での建設を含む固定資本投資の急速な需要拡大に牽引されていると考えられる(図表2)。
生産財の輸出増加の上位品目は、工業用金、有機化学品、プラスチック製品、鉄鋼製造中間財など、同様に資本財の輸出増加上位品目は、民生用航空機、産業用機械、原油採掘関係装置、堀削機械などである。一方、半導体輸出は同マイナス9.5%、コピューターソフト同マイナス19.3%となっており、ITブーム期とは大きく異なる点が興味深い。
図表1

図表2

【米国経常収支赤字拡大と貿易相手諸国に対する相対的経済成長率低下のパラドックス】
ところが、中長期的な時間軸で見ると、80年代に典型的に見られた経常収支の不均衡調整における所得効果は、実は90年代以降には見られない。図表3は、(1)米国の経常収支の対GDP比率、(2)貿易相手諸国の貿易シェアで加重平均した実質GDP成長率と米国の実質GDP成長率の格差を示したものである。プラス値は貿易相手諸国の成長率の方が米国より高い状態を示す。(貿易シェアにはFRBのドル実効相場指数"broad"算出に使用されるウエイトを使用した。)
図表3が示す通り、90年代末以降、現実に生じている変化は、「貿易相手諸国の実質GDP成長率>米国の実質GDP成長率」という形での格差の趨勢的な拡大と米国経常収支の赤字拡大トレンドである。言うまでもなく、これは所得効果から単純に導かれる結果とは逆の現象である。更に図表3−1と3−2は80年以降の成長率格差を横軸、米国の経常収支赤字(対GDP比率)を縦軸にとり、各年の値を示したものである。
成長率格差:1979年の米国と貿易相手諸国(加重平均ベース)の実質 GDPを100と置いて指数化し、[各年の米国実質GDP指数/貿易相手諸国の実質GDP指数]の値を対数表示した。
横軸はマイナスの値が大きいほど米国の実質経済成長率が相対的に低い(=貿易相手諸国の成長率が相対的に高い)ことを示している。例えば、-0.10から-0.15に0.05減少することは、その期間、累積で米国の成長率が貿易相手諸国の成長率を5%下回ることを意味する。また、正確に所得効果を計測するためには実質GDPではなく、「内需」を基に計測すべきであるが、GDPの内需比率は安定していると見て、内需変化=GDP変化と見立てている。
図表3

図表3−1

図表3−2

図表3-1と3-2が示す通り、80−91年の期間と92−07年の期間では、成長率格差と米国経常収支赤字との相関関係が完全に逆転している。すなわち、80年代には貿易相手諸国に対する米国の成長率の相対的な低下⇒米国経常収支赤字の縮小(逆は逆)という相関関係が見られた。ところが、90年代以降では米国の貿易相手諸国に対する経済成長率の相対的な低下と経常収支赤字の趨勢的な拡大が同時進行し、80年代の相関関係とは係数の正負が逆転している。
この事実は、90年代後半以降、米国の経済評論家や政治家らがグローバル・インバランス問題でよく口にしていた言説、すなわち「米国の経常収支赤字の拡大は米国が貿易相手諸国よりも高い経済成長率を実現している結果である」という主張が、「都合の良い虚構」であったことを物語っている(注1)。
(注1)この種の俗流経済解説の例としてひとつだけあげると、Business Week (August 23, 2003) "Stronger demand will lift imports as weakness abroad pummels exports."