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[コラム:研究員のココロ]商品価値の最大化を阻む3つのマインドギャップ〜情緒的価値に対する売り手と買い手の認識の齟齬〜

2008年03月20日 15:27更新 前の記事 次の記事  コラム・マーケティング一覧
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出展:日本総合研究所ホームページ(http://www.jri.co.jp/)「研究員のココロ (株)日本総合研究所 研究員 渕上 順一郎 2008年3月10日付」より

高まる情緒的価値への期待と重要性

 商品の競争軸が、機能的価値<注1>から情緒的価値<注2>へとシフトしている。企業は情緒的価値を組み込むことが高付加価値商品の成功条件だと捉え、商品開発手法の方向転換を図っている<注3>。それを後押しするかのように、政府も2008年度から2010年度までの3年間を"感性価値創造イヤー"と制定し、「品質」、「信頼性」、「価格」に次ぐ第四の価値軸として「感性」を掲げた。そこでは、経済産業省主導のもと感性価値創造の実現に向けた様々な重点的施策を展開しようとしている。ここに来て情緒的価値が注目され始めたのは、消費者側と企業側、双方の事情によるものだと考えられる。

消費者(買い手)の動向

 成熟社会に突入した日本の消費者は、物質的な豊かさはある程度満たされ、精神的な豊かさを求めるようになった。「モノ消費からコト消費<注4>へ」が叫ばれるようになって久しいが、それもこうした精神的充足感や快楽的な欲求を満たそうとする消費動向の現れである。モノに対しては、"品質が良いのは当たり前"であり、消費者は単なる品質の良さに付加された"プラスアルファの価値"を求めている。「商品の薀蓄に惹かれて買ってしまった」とか「多少高くてもデザインが良い方を選んでしまう」とか、品質や価格を超えた合理性では説明できない感情的な購買行動は誰しも身に覚えがあるはずである。それが昨今「ブランド」や「デザイン」が重宝され始めた所以だろう。

メーカー(作り手)の動向

 メーカー各社の技術が拮抗し、製品の品質や性能だけではもはや差が付けにくくなってきている。仮に差を付けることができたとしても、こうした物性的な差別化は、消費者にとって分かりやすい反面、競合他社からキャッチアップされやすく、結果として競争優位性が持続しにくい。この傾向は成熟商品の分野で特に顕著である。つまり、機能的価値での差別化は本質的な差別化とはなり得ないのである。一方、客観的な物差しで測りにくい情緒的価値は、単純比較することができないため、価格競争に巻き込まれにくいどころか、むしろ高い粗利率が期待できる利益の源泉となり得るのである。こうしたことを背景に、製造業やサービス業においても情緒的価値が注目されるようになってきたと言えるだろう。

小売業(売り手)の動向

 しかし、消費者と最も近いはずの小売業の取り組みはどうだろうか。日本を代表する百貨店やGMSの店頭に足を運んでも、情緒的な訴求はせいぜい内装や照明など表層的な演出に留まり、肝心の店頭POP や接客のメッセージは、未だに品質や価格を訴求するものばかりである。デザインやブランドはさることながら、商品の裏側にある物語や作り手が商品に込めた想いなども消費者の情緒を掻き立てるものであるが、それが流通段階において蔑ろにされている気がしてならない。
 そうした事象を目の当たりにする度に、「商品(とりわけ、情緒的価値が重視されるような商品)の魅力は店頭で最大化できていないのではないか?」という思いに駆られてしまう。"作り手"がいくら情緒的価値を商品に施し、さらに"買い手"がそうした物性的な商品特長を超える価値を期待していても、最終的な販売主体である"売り手"が足かせになっている可能性がある。

情緒的価値に対する各主体間の意識の高さの違い(概念図)



マインドギャップの概念と構造

 ここで、モノの生産から消費に至るプロセスに介在する各主体間の認識の齟齬(これを"マインドギャップ"と呼ぶ)に着目してみよう。筆者は常々、売り手(小売業)と買い手(消費者)の間には、商品の情緒的価値に対するマインドギャップがあるのではないか、またその程度は大きいのではないかと感じている。そして、そこには3種類の異なるマインドギャップが存在すると考えている。
 まず1つ目は、"買い手の意識"と"売り手の取組実態"の間にある「取引のギャップ」である。これは消費者が求めているものを小売業側が提供できていないということであるが、表面に見える部分だけに"店頭の状況そのもの"と言っても良いくらい重要なギャップである。次に2つ目は、"買い手の意識"と"売り手の顧客理解"の間にある「顧客認識のギャップ」である。これは小売業側が消費者の気持ちを理解できず、消費者のニーズを見誤っているというギャップである。最後に3つ目は、"売り手の取組実態"と"売り手の顧客理解"の間にある「認識と行動のギャップ」である。これは小売業側も認識はしているが実行ができていない、あるいは敢えて実行していないというギャップである。売り手と買い手の間に蔓延るこの3つのマインドギャップが、店頭での商品価値の最大化を阻み、購買へと誘う消費者の行動変容<注5>のネックになっていると危惧される。


売り手と買い手のマインドギャップ



マインドギャップが内包するマーケティングとしての意義

 モノが溢れ、コト消費が叫ばれる今日においても、売り手は依然として商品の機能的価値や価格的な魅力を重視する傾向がある。しかしながら、買い手である我々は、時には品質や価格を妥協してまでも、商品が持つ情緒的な価値(所有者としての誇りや作り手に対する共感など)に魅力を感じ、それを商品選択の際に最も重視する要素とすることがある。ここには深刻なマインドギャップが存在すると思われる。
 今後、情緒的価値に対する売り手と買い手のマインドギャップが、企業がコントロール可能な"製品属性レベル"で明らかになれば、企業のマーケティング活動においても重要な意味を持つことになる。なぜなら、製品属性レベルのマインドギャップとは、売り手の具体的な改善ポイントが明示されることに他ならないからである。これにより、買い手が感じる商品の価値を最大化するため、買い手との最終接点である店頭でのコミュニケーションを見直す必要性と改善の方向性を示唆することができるだろう。


参考文献
遠藤功(2007)『プレミアム戦略』東洋経済新報社。
経済産業省ニュースリリース『感性価値創造イニシアティブの策定について』2007年5月22日。
渡辺隆之、守口剛(1998)『セールス・プロモーションの実際』日経文庫。
『日経情報ストラテジー』日経BP社、2007年10月26日号。

<注1>機能的価値(Functional Value)とは、消費者が商品から享受する本来的な価値の部分である。それは「目に見える価値」と言っても良いかも知れない。
<注2>情緒的価値(Emotional Value)とは、その商品を手にすることによる精神的な満足、オーナー(所有者)としての誇り、作り手に対する共感など、消費者の情感に訴えかける価値の部分である。つまり、機能的価値に対して「見えにくい価値」である。「感性価値」や「感情価値」もほぼ同義。
<注3>花王(株)は、消費者が「快適感」を強く感じる商品作りを目的として、日常生活の様々なシーンで感じる快適感を数値で測定する方法を編み出した。同社は今後、日常生活の様々なシーンの快適感を測定する手法を、香りを始めとした商品の開発に応用し、機能性に加えて情緒性が高い商品作りを従来以上に推進していく、としている。
<注4>コト消費とは、商品の「所有」よりも、商品の「経験」や「体験」などに価値を求める消費行動のこと。
<注5>マーケティングのアプローチが、従来の「広告」中心のマーケティングから、消費者の「行動」に働きかけるプロモーションに重点を置いたマーケティングに変化してきており、こうした考え方は米国において「プロモーショナル・マーケティング」と呼ばれている。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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渕上 順一郎
(株)日本総合研究所
研究員 ビジネス戦略デザインクラスター
専門分野:マーケティングを切り口とした経営戦略・事業戦略
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