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[コラム:研究員のココロ]“リベンジ”なるか? 技術大国ニッポン 〜ドイツ・レーザ産業の“ビッグ・バン”からの教訓〜

2008年05月27日 01:33更新 前の記事 次の記事  コラム・行政一覧
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出展:日本総合研究所ホームページ(http://www.jri.co.jp/)「研究員のココロ (株)日本総合研究所 研究員 地球産業政策・技術経営戦略クラスター 南條 有紀 2008年5月26日付」より

1.はじめに

 新しいガン治療法や画期的な製造プロセスを実現する技術として、大きな期待を寄せられているレーザ技術。現在、レーザ産業ではドイツがグローバル市場を席巻している。
 1980年代、世界トップの座を獲得したのは日本であった。日本・ドイツいずれも、レーザ技術の開発を始めたのは、1970年前後とほぼ同時期であった。

 ドイツはどのようにしてトップの座についたのか。1980年代、ドイツで起こったレーザ産業の“ビック・バン”から現在に至る経緯をたどり、その成功の秘密を探る。

2.日本におけるレーザ技術の発展

 世界初のレーザ光の発振は、1960年の米国・ヒューズ社のルビーレーザである。
 我が国では、1968年東芝、1972年日本電気、1979年三菱電機など、1970年頃から大手電機メーカーによる自社開発が活発化した。レーザ開発の機運の高まりを受け、工業技術院(当時)の「超高性能応用複合生産システム研究開発」がスタートした(1977〜1985年)。大手企業が多数参加した大規模国家プロジェクトにより、日本は20kw級の大出力CO2レーザ発振器の開発に成功。1980年代初期には、国産のレーザ加工装置が産業機械としての地位を獲得し、我が国のレーザ技術は世界トップの座に躍り出た。

3.ドイツにおけるレーザ技術の発展

 一方、ドイツのレーザ技術の発展に多大な貢献をしたのは、中小企業(SMEs)であった。彼らは元々レーザのユーザーで、“適当なレーザが見つからない”ことからレーザ装置の自社開発を余儀なくされた。1970年代、ハース(Haas)社、トルンプ(Trump)社、シーメンス(Siemens)社などによる開発が続々とスタートした。

 その後の目覚しい発展には、ドイツのレーザ技術を飛躍的に向上させたカリスマ的存在、ベルリン工科大学・ヘルツィガー(Herziger)教授の多大な貢献がある。

 ヘルツィガー教授は、ダルムシュタット(Darmstadt)に、ドイツ初となるレーザ技術の応用研究を行う機関「応用物理研究所」を設立し、その所長を務めた(1975年〜1985年)。引き続いて1985年、ヘルツィガー教授は、アーヘン(Aachen)に「レーザ技術研究所」を設立した。同研究所は、大学とフラウン・ホーファ協会(ドイツの公的研究機関のひとつ)との協働によるもので、すなわち「学」と「官」の連携による開発体制が構築された。これらに触発されるように、シュツットガルト(Stuttgart)大学やハノーバー(Hannover)大学などに高度な技術を誇る多くの研究所が設立された。さらにヘルツィガー教授は、かなり早い段階から、レーザの“基礎研究”の成果と“産業”を結びつける試みを行っていた。「学」と「官」の取り組みに「産」が加わり、ドイツのレーザ産業は、「産学官連携」の成功事例として大きく開花した。こうして1970後半〜1980年代、ドイツ・レーザ産業のいわば“ビッグ・バン”が起こったのである(注1)。

4.ドイツにおけるレーザ技術の支援政策

 レーザ産業を自国の新たな「強み」と認識したドイツ連邦政府は、“ビッグ・バン”に続いて、次々とレーザ産業促進政策を打ち出した(注2)。

* 連邦科学研究技術省(当時)(1993〜1998年)
「LASER 2000」: 固体レーザの発振技術の研究、半導体レーザの高出力化

* 連邦研究教育省(1999〜2000年)
「Optical Technologies for the 21st Century」:アクション・アジェンダの策定

* 連邦研究教育省(2002-2006年)
「Optical Technology – Made in Germany」:基礎研究の成果をイノベーションにつなげる

 レーザ産業の“ビッグ・バン”を単なるブームに終わらせることなく、ドイツ政府は早急に継続した支援体制を執り、世界のレーザ産業におけるドイツの地位は、今日揺るぎないものとなった。

 これに対し日本は、80年代以降、参入していた大手電機メーカーの多くが撤退、あっという間にドイツに首位の座を明け渡してしまった。大企業としては、ビジネスとして魅力がないというのが最大の理由であった。

 ドイツ・現メルケル政権のイノベーション政策「ドイツ・ハイテク戦略 “The High-Tech Strategy for Germany”」(注3)(2006〜2009年)では、「ドイツはもはやコストでは競争できない状況」であることを冷静に受け止めた上で、「今こそ“イノベーション”を通じて新製品・新サービスを提供し、成長の機会を捉え、世界において競争優位に立つべきである」ことを明言している。
 このなかで、世界をリードする“ドイツの強み”として4つの技術を挙げている。

− 機械や自動車の製造・エンジニアリング技術
− レーザ技術
− ナノテクノロジー
− 医療技術

 ライフサイエンスやナノテクノロジーといった新興分野に加え、従来からドイツ産業を支えてきた自動車やレーザといった基幹産業を国の「強み」として捉え、さらにそれを強力に支援する姿勢が示されている。現在ドイツの失業問題は極めて深刻で、イノベーションによる基幹産業の活性化と新規産業の創出は、雇用の確保・新規の雇用創出の重要な手段にほかならない。

5.なぜ日本はトップの座を奪われたのか?

 日本がトップの座を明け渡してしまった原因としては、以下のような指摘がある(注4)。

(1) ビジネスとしての魅力度が低いとみて、大企業が一斉に撤退した
(2) 大企業が国内市場で様子見していて、グローバル競争に出遅れた
(3) ユーザー産業が新しい技術の導入に積極的でなかった(自動車の溶接ラインなど)
(4) 「産学官連携」が不活発(高度なポテンシャルが活かしきれていない)
(5) 国家プロジェクトの課題:
  ・失敗を許容するマインド、フレキシビリティがない
  ・テーマ設定が適切でない(オーバースペック、時機を捉えていないなど)
  ・支援策に一貫性がない

 これらの要因は、レーザ産業に限らず、日本の多くの技術開発に共通する課題ではないだろうか。
 (1)〜(3)の指摘は、いわば企業の姿勢・戦略に起因する課題である。我が国は、研究開発投資の約7割を民間企業に頼っている。企業は採算のとれない事業からは撤退する。我が国の研究開発の方向性は、企業戦略に大きく左右されることになる。
 (5)は、国の支援体制が抱える問題である。政府が国家プロジェクトを掲げても、現状の企業偏重の研究開発システムでは、「産」と「官」の認識には乖離があり、企業にとって国家プロジェクトへの参加は“お付き合い”程度に留まり、実質的な成果を得ることは難しい状況にある。また企業、大学、公的研究機関のコミュニケーションがあまりうまくいっていない。結果として(4)の指摘、我が国の「産学官連携」はあまり活発でない。大学・公的研究機関の高度なポテンシャルを活かしきれていないことが、我が国におけるイノベーションの大きな足かせとなっている。

6.“リベンジ”なるか?技術大国ニッポン

 中国、韓国、インド、ベトナムなどのアジア諸国との技術開発競争は激化をたどり、今後、日本が特定の分野で遅れをとることも十分にあり得る。この際、一度不利な状況に陥ったら、そのままずるずると後退を続けることがパターン化すると、日本の将来に暗い陰が差す。企業の技術開発だけに依存した研究システムは、この“落とし穴”に陥りやすい。企業としては、当面の収益性が見込めない領域からは撤退せざるを得ないからである。
 この課題を克服するカギは、ドイツ・レーザ産業の“ビッグ・バン”以降に打ち出された的確な一連の施策、そして活発な「産学官連携」にある。この教訓を、いつか訪れるであろう日本の危機、そしてその“リベンジ”に活かすべきである。


(注1) ドイツ・シーメンス(Siemens)社インタビューによる。
(注2) ドイツ連邦教育研究省(BMBF)
     “Kompetenznetze.de – Networks of Competence in Germany; Optical Technologies” (2005)
    ドイツ連邦教育研究省(BMBF)インターネットサイト(http://www.bmbf.de/en/3591.php)
     “High Tech Strategy: Optical Technologies-With Light into the Future”
(注3) ドイツ連邦教育研究省(BMBF)“The High-Tech Strategy for Germany” full version(2006)
(注4) レーザ関連メーカー等へのインタビューによる。

※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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南條 有紀
(株)日本総合研究所
研究員 地球産業政策・技術経営戦略クラスター
専門分野:科学技術政策、技術戦略
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