出典:SBI大学院大学(https://www.sbi-u.ac.jp/)「ビジネス・レポート第二十二号」より
中国人民銀行は先月の6月19日に、人民元の為替レートの弾力化に関する発表を行なった。
中国人民元は、2005年7月に「通貨バスケットを参考とする管理変動制度」へ移行した以降の3年間に、対ドルで約2割上昇している。
その後の08年7月に人民元の対ドルレートを再び固定し、1ドル=約6.83人民元の固定相場のまま約2年が経過しているが、このたびの弾力化の発表で、2005年7月時の管理変動制度に戻ることとなったものである。
発表文では、「人民元の大幅な切り上げの根拠は存在しない」とわざわざクギを刺すとともに、発表のタイミングがカナダ(トロント)で開催の20カ国・地域(G20)首脳会議の1週間前だったことから、首脳会議で人民元の切り上げが議題になることを避けるためのポーズに過ぎない、というのが大方の見方であった。
実際には、この発表日以降の人民元の対ドルレート(人民銀行が毎朝9時半に公表する基準値)の動きを見ると、それまでの2年間の1ドル=6.83人民元に対して、7月12日には約1ドル=6.77人民元と、わずかながらも着実に人民元高の方向に推移している。
中国人民銀行は、日々の基準値の設定、及び実際の銀行間取引レート(終値)を基準値の上下0.5%以内に収めるための為替介入の二つの手段を持っているが、日々の基準値や終値の推移をみると、中国当局が内外の状況をにらみながら、人民元を徐々に高くして行こうとしている意図が伺われる。
人民元高には当然、ディメリットが伴う。
最大のディメリットは、輸出にブレーキがかかり不景気と雇用不安を招くことと、中国当局が保有するドル建ての対外資産に大きな為替差損が生じることである。
その一方で、今まで人民元相場を実力以下の水準に据え置いてきたことの問題点も目立ってきている。
固定相場制の維持(人民元売り・ドル買い介入)に伴う過剰流動性の発生と輸入価格上昇によるインフレと資産価格の上昇(バブル)の深刻化である。
インフレとバブルによって特に大きな打撃を受けるのは、貧困層である。
人民元の弾力化の発表からまだ日が浅いが、今後、中国当局が人民元の切り上げ幅を徐々に、着実に拡大して行くことが予想できる。
為替レートを決める要因の一つが経済力である。
中国経済の拡大とともに人民元相場がさらに上昇するのは当然と言えよう。
そして、人民元高は中国の産業構造の構造転換や高度化・近代化を促すこととなろう。
同じことがかつて日本でも生じた。
戦後の歴史は円高の歴史でもあった。
「安かろう・悪かろう」の製品の大量輸出で戦後復興をとげた日本経済は、その後の円高の進展で価格競争力を失って行ったが、高くても売れる高付加価値品に特化していく過程で、わが国の産業構造の高度化と近代化が進展して行ったのである。
今の中国経済は40年前の日本と同じ、と言われる。
約40年前の1971年末に円の対ドル固定相場が1ドル=360円から308円に切り上がり、それから1年余り後に変動相場制に移行した。
現在の人民元も、その当時の日本円の立場にあると言えるかもしれない。
中国に限らずどこの国でも、自国の通貨切り上げのマイナスの影響は、大企業を中心とした輸出企業に短期的に集中して表れるために、反対する政治的勢力が生まれやすい。
その一方で、通貨切り上げのプラスの影響(海外製品が安く国内で出回ることによって国民全体の生活水準が高まる、等)は、広く薄く分散するために、切り上げ賛成の政治的圧力にはなりにくい。
それでも、そうしたことを誰よりも通貨当局自身が認識しているのではなかろうか。
中国政府と中国人民銀行は、海外からの圧力というよりも中国自身のために、次第に切り上げ幅を拡大して行かなければならないのである。
SBI大学院大学教授 野間修
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