ノーベル経済学賞のディートンさんはどんな人?「裕福になるほど健康になる」

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  • アンガス・ディートンさん
    2015年10月12日、米ニュージャージー州プリンストン、プリンストン大学アンガス・ディートン教授はノーベル経済賞受賞後の記者会見に到着した。ディートンさんは 消費者、特に貧しい世帯層における消費者が、何を購入し、政策立案者はどのように貧困層を救済できるのかについて示した家計調査の革新的業績が評価されての受賞となった。 ジュエル・サマド(Jewel Samad)さん/AFP/ゲッティイメージズ
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    2015年10月12日、アンガス・ディートンさんに、2015年経済ノーベル賞が決定した。その後、ディートンさんはニュージャージー州プリンストン、プリンストン大学のキャンパスで喜びを表明した。 ドミニク・ロイター(Dominick Reuter)さん/ロイター
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英スコットランドの州都エディンバラ生まれの著名な経済学者、アンガス・ディートン(Angus Deaton)さんは、1970年代に初めて米国を訪れたときに、学者、一般市民、政治家は所得格差に関心が足りないとすぐに気づいた。ディートンさんは、いかに最適な課税で社会の階層差を取り除いて均等な水準にするかというテーマで語った際に、「無表情な凝視に出会う」と王立経済学会への昨年の手紙に書いている。しかし、ディートンさんは落胆していない。12日、プリンストン大学のディートン教授は2015年のノーベル経済学賞(正式名称: アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)を受賞した。

ディートンさんによる個人の消費選択と集計結果の関連についての研究は、数十年後にミクロおよびマクロ経済学の領域を変える。経済賞を発表したストックホルムのスウェーデン王立科学アカデミーは、「ディートンさんの研究は、所得データではなくて家計消費の調査に着目することによって、福祉を促進し、貧困を削減する経済政策の設計に不可欠な支出の習慣の理解を深めた」と語った。また、ディートンさんは「より豊かになれば、より健康になれる」という考えで、発展途上国、特に南アフリカとインドの生活の質の研究に取り組んできた。

「米国の経済学者にとって所得格差に焦点を当てることは非常に不都合であったため、焦点を当ててこなかった」と米ニュージャージー州プリンストン大学の経済学者であるウエ・E.・ラインハルト(Uwe E. Reinhardt)教授は述べた。ラインハルト教授のオフィスはディートン教授のオフィスのすぐ近くにあるが、「ディートン教授は、経済学者らに嫌なことを明確に思い出させた」と述べた。

長年にわたるディートン教授の研究は幅広い分野に及ぶ。ディートン教授が12日に評価された業績は主に3つの疑問にどう答えるのかを探ることで構築されていると、スウェーデン王立科学アカデミーは発表している。その3つとは、「各消費者は、消費に回すと決めた予算を異なる財(やサービス)の購入にどのように振り分けるのか?」「社会全体の所得(総所得)のうち、どれだけが消費に回されるのか、どれだけが貯蓄に回されるのか?」「福祉や貧困の実態を計測したり分析したりするためのベストな方法とは、いかなるものか?」である。

ミクロ経済学を先導するディートンさんの評判は、消費者の理論に基づき研究初期に確立された。経済学の理論に基づいて経済モデルを作成し、統計学の方法によってその経済モデルの妥当性に関する実証分析を行う「計量経済学」を利用している。1980年頃、まず消費者支出の分析のための「ほぼ理想的な需要システム(Almost Ideal Demand System: AIDシステムとも呼ばれる)」構築の業績で名を知られるようになる。ディートンさんは、ある個人の個別の財(やサービス)に対する需要が、その財だけではなくその他のあらゆる財の価格やその個人の所得にどのように依存しているかを推計するための柔軟性に富んだシンプルな手法の開発に乗り出したが、このモデルはその後、改良を加えられ、現在ではアカデミックな世界においてだけでなく、実践的な政策評価を必要とする実務の世界でも標準的なツールとして受け入れられている。

ディートンさんの初期の業績には、時間と場所においての一人当りの貧困を推定して比較しているが、重大な落とし穴があることも明らかになった。ディートンさんとジョン・ミュエルバウアー(John Muellbauer)さんは1986年に「子どものコストを測定する、貧困国への応用(On Measuring Child Costs: With Applications to Poor Countries)」というタイトルで共同執筆の論文を発表した。そのなかでは、世帯調査が行われ、異なる大きさの世帯が比較されて子どものコストの測定について分析が行われている。その結果、子どもの消費は大人の消費の約30~40%であることが示されて、子どもがいる家庭での貧困の広がりが誇張して述べられている。1990年ごろの一連の論文でのディートンさんの研究は、集計データで表示されるパターンを解析するために、個人が、自分の所得に消費をどのように適応させているのかを分析しなければならないことを実証した。

最近では、ディートンさんは昔からの疑問に答えようと努めてきた。つまり「お金で幸福を買うことはできるのか?」という疑問である。2010年に、米国の心理学者であり行動経済学者でもあるダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)さんとの共同執筆で発表した論文で、ディートンさんは、米世論調査企業ギャラップ(Gallup)が2008~09年に実施した米国民の財産と福祉に関する調査(Gallup-Healthways Well-Being Index)の回答45万人分を分析した。2人の教授は、裕福な人々がより前向きな考え方で彼らの生活を客観的に評価する傾向がある一方で、年収約7万5,000ドル(約890万円)を閾(しきい)値に、それ以上稼ぐ人は収入の多寡の影響を受けなくなることに気付いた。

「『お金で幸福は買えるのか』という疑問は、学術的な討論と日常会話、両方の中でしばしば議論されてきたが、ディートンさんとカーネマンさんは「お金がたくさんあっても必ずしも、より幸せになれるわけではないが、お金が少ないと心理的に苦痛を感じる」と2010年の論文で述べている。

2015年10月12日、スェーデンのストックホルムで2015年の経済ノーベル賞の受賞者発表の会見が行われ、スウェーデン王立科学アカデミーには取材の記者らが集まった。スコットランド出身の経済学者、ディートンさんの「消費、貧困、福祉の分析」に賞を授与するとアカデミーは発表した。  ロイター/マヤ・サスリン(Maja Suslin)さん/TTニュースエージェンシー

ディートンさん(69歳)は開発問題、特に健康と所得の関係に的を絞ってきた。2009年には「米国の都市における所得格差と死亡率: 証拠を検証する(Income inequality and mortality in U.S. cities: Weighing the evidence)」というタイトルの論文をイリノイ大学シカゴ校のダレンリュ・ルボツキー(Darren Lubotsky)さんと共著で発表し、米国の都市や州での年齢別の死亡率とそれに対する所得との関連性を検討した。ディートンさんらは、州と都市の両方において、死亡率と所得の間に強い正の相関関係があることを見つけた。しかし地域の所得格差は、黒人の人口割合に、強く、明確にリンクしていた。一旦、人口割合を調整すると、所得格差が直接、健康に影響を与えるという証拠は認められないことをディートンさんとルボツキーさんは発見した。

「たどり着いた有力な仮説としては、黒人は白人よりも劣ったヘルスケアを受けており、このため、黒人の人口が多い都市に住み、それを共有している白人は、このことが、少なくとも部分的に、死亡率に波及している。確かに重大な不平等であるが、それは所得格差ではない」と2009年に発表した論文で書いている。

ディートンさんは豊かな国と貧しい国の両方の研究を行っている。2006年には国連大学世界開発経済研究所(UNU-WIDER)での年次講演で「所得と健康のグローバルパターン: 現実、解釈、政策(Global Patterns of Income and Health: Facts, Interpretations, and Policies)」と題する論文とともに講演を行った。ディートンさんは講演のなかで、経済成長のエンジンとなる健康向上の理論をテストするために、経済成長なく死亡率の大きな改善を果たした国がなかにはあることに気づいたと述べた。その一方で、1980年以降の中国や1990年以降のインドのように非常に急激に経済成長を遂げた国は、それ以前の経済成長が遅かった時期と比較して、健康改善は殆ど示されないか、またはゆっくりとした改善が示されたと述べた。

「ディートンさんは、従来からの社会通念とは逆の事実に着目している。また、国際的な問題で見られる差異を発生させる要因に対して、人々の理解を迅速に向上させる必要があると繰り返し強調している」と国連大学リサーチおよびトレーニングセンターの当時のディレクター、アンソニー・シュロック(Anthony Shorrocks)さんは2006年の講義の序文に書いている。

また、ディートンさんは妻でありプリンストン大学の経済学者であるアン・ケース(Anne Case)さんとも所得格差に関する多くの論文を共同執筆している。その一つで「貧しい人々の健康と富: インドと南アフリカの比較(Health and Wealth among the Poor: India and South Africa Compared)」というタイトルの論文では、南アフリカとインドからのデータを比較して健康と富の関係を分析している。2000年の南アフリカは一人当たりの国内総生産(GDP)の面でインドよりも少なくとも50%優れていた。しかし、南アフリカの平均寿命はインドよりも14年短かった。ディートンさんとケースさんは国際的な健康の手っ取り早い指針として所得だけのデータを見るのは誤解を招く可能性があることを発見したと2005年に論文で述べている。

「ディートンさんの最大の貢献の一つは、世界中の貧困と所得格差の関係についてどのように考えるか明確にしたことである」と米ロードアイランド州プロビデンス、ブラウン大学学長で経済、公衆衛生を専門とするクリスティーナ・パクソン(Christin Paxson)さんは語った。「国際的、世界的で、わずか一国の経験に限ったことではない」と加えた。

*この記事は、米国版 International Business Times の記事を日本向けに抄訳したものです。(原文: Morgan Winsor記者「Who Is Angus Deaton? How Nobel Economics Prize Winner's Income Inequality Research Challenged 'Wealthier Is Healthier' Notion」)