賃金上昇なき失業率低下、裏にある日米共通の構図

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日米ともに失業率が完全雇用に近い水準まで低下しているが、教科書通りに賃金が上昇していない。日本では、雇用構造の変化で「構造的失業率」が想定されている3.5%から2%台に低下している可能性があるのではないか。

また、経済のグローバル化で付加価値の低い製品は低賃金国で生産され、単純労働(低スキル労働)の賃金は上がりにくくなっている。賃金が本格上昇するまでに日米ともさらに時間がかかると予想する。

<失業率3.4%でも上がらない賃金>

日本の8月完全失業率は7月の3.3%から小幅悪化したものの、構造的失業率(完全雇用の失業率)とみられている3.5%を下回る3.4%だった。教科書的には労働需給がひっ迫し、賃金が明確に上がり出すはずだが、どうも様子が違う。

8月毎月勤労統計(速報)によると、現金給与総額は前年比プラス0.5%と2カ月連続で増加したが、物価の変動を考慮した実質賃金は2カ月連続増となる一方で伸び率は前月の同0.5%から0.2%に縮小した。

人手不足で労働市場の需給がひっ迫し、本来ならもっと賃金が上がっていいはずなのに、何が起きているのだろうか。

<対正規35%の非正規年収>

1つは日本の労働市場が「正規社員」「非正規社員」の二重構造になっており、その年収差が大きいだけでなく、非正規社員の比率が年々増加しているという構造変化に直面していることがある。

2014年の非正規社員の雇用者数に占める割合は、37.4%と過去最高を記録した。一方、国税庁の調査によると、14年の非正規社員の平均年収は169万円と、正規社員の477万円の35%にとどまっている。

失業率は低下しても、年収の低い非正規社員の割合が増加し、正規社員の比率低下が進んで賃金増加のテンポが鈍くなるというメカニズムが働いているようにみえる。

<60%割り込む日本の労働参加率>

さらに、日本では様々な要因によって労働力人口比率(労働参加率)が米国よりも低く、失業率が下がっても労働市場に参入してくる人々がなお、かなりの規模で存在しているため、賃金が上がりにくいという事情があると思われる。

労働力人口比率は15歳以上の人口を分母、労働力人口を分子として計算した比率で、06年の60.4%から2012年に59.1%まで低下。14年は59.4%と60%に届いていない。

米国の9月労働参加率は1977年以降で最低を記録したが、それでも62.4%と日本よりも3%ポイント高い。

日本で労働力としてカウントされるには、失業手当を受けているなどの条件があるが、「自己都合」で会社を辞めた人の失業手当の給付期間が相対的に短いことなどもあり、働く意欲があるにもかかわらず、労働力にカウントされない人々が相当数に上るとみられている。

日銀の原田泰審議委員は今年3月の就任会見で、完全雇用の失業率は2.5%程度ではないかとの見解を述べたが、私も物価が本格的に上がり出す失業率の水準は2%台ではないかと考える。

<NAIRUに急接近した米失業率>

一方、米国の9月失業率は前月と同じ5.1%だった。これはインフレ非加速的失業率(Non Accelerating Inflation Rate of Unemployment:NAIRU)の水準とみられる5%─5.5%に急接近しており、米連邦準備理事会(FRB)内に年内の利上げを求める声が根強く存在する大きな根拠になっている。

だが、賃金の上昇は日本同様に鈍く、9月の時間当たり賃金は前年同月比プラス2.2%だったものの、前月の25.10ドルから25.09ドルに微減。本格的に賃金が上がり出した兆しは見えていない。

<世界的な分業体制と低賃金>

この現象に関しては、統計上の問題点を初め、多様な見方が米国内の専門家から指摘されているが、米国だけでなく、日本も含めた先進国に共通の構図があるように思われる。

それは、低賃金国で生産された相対的に付加価値の低い製品の流入によって、いわゆる単純労働に関する需要が海外に流出し、労働需要の超過による賃金押し上げの局面になかなか突入しないことだ。

実際、米国をはじめ多くの多国籍企業は、製品の組み立て工程を新興国に移している。中国の賃金が上がり出すと周辺のアジア諸国に生産拠点をシフトさせ、直近ではミャンマーが注目されているという。

<求められる新しい学説>

ただ、このビジネスの最先端の現象を経済学会はフォローし切れていない。構造的失業率まで失業率が低下すれば、賃金の上昇は顕著になるはず、という理論通りの現象が起きない理由を説明した新学説はまだ登場していないようだ。

少なくとも、米欧日の中銀がその新学説に依拠して、新しい金融政策の枠組みを作ったということはない。

今年も2人の日本人がノーベル賞を受賞したが、経済学賞は未踏の領域として残されている。失業率がどこまで低下すれば賃金が上がり出すのか、それを説明する学説を世界で最も早く打ち出せば、将来のノーベル賞受賞も夢ではないのではないか。