リオへの道: 世界最速のオリンピック水着

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競泳
プールでの勝利と敗北と1億ドルの水着市場、快適さと100分の1秒に賭けるハイテク水着競争が繰り広げられている。 IBT

この夏、ブラジルのリオデジャネイロオリンピックで熾烈な水泳競技が展開されるだろう。長年のライバルが勝利を手に入れるために、チタンの水着は依然人気が高い。頭を傾けて力強く水をひとかきしても、これまでのようにバシャといった水しぶきが上げることはない。

スポーツウェアの会社がスイマーのために水着をデザインした。2009年、国際水泳連盟(FINA)の運営組織がハイテク水着の着用を禁止して論議が高まった。「テクニカル・ドーピング」とまで言われて非難にあがった。今、新たな水着ハイテクレースが繰り広げられている。勝者と敗者の差は、生地の感触、スーツの伸縮性、そしてプール内では僅か100分の1秒の差となる。

米国の競泳選手でオリンピック金メダリスト、マイケル・フェルプス(Michael Phelps)選手は、自身のブランドのスイムキャップをかぶっていた。2015年8月9日、 サンアントニオ(San Antonio)で開催された全米選手権、フィリップス66で撮影した。  ロナルド・マルティネス(RONALD MARTINEZ)さん/ゲッティイメージズ

英国に拠点を置くスピード(Speed​​o)社は、長年、オリンピック選手の水着で知られてきた。13日、スピード社が水着を発表した。同社がスポンサーとなっている水泳選手が、競技で着用する水着を身に着ける形で発表は行われた。「スピード社のフェデレーション・スーツは、大変注目度が高く、ダイナミックかつパワフルである。選手は必ず自信を持って壁を打ち破り、ベストのパフォーマンスを実現してくれるだろう」とスピード社で製品マーケティングを担当するジェイミー・コーンフォース(Jamie Cornforth)副社長は発表時に述べた。だが、水着の巨人はブランド名だけではオリンピックのスタート台には立てない。

イタリアの会社であるアリーナ(Arena Water Instinct)社は、スピード社と激しい競争を繰り広げて技術とスポンサーシップの面で差を縮めている。両社は最先端のリサーチを行い、水泳選手とそのコーチと世界規模のネットワークを持ちつつ水着を開発してきた。水泳選手に自社の水着を着用してもらうために、両社は技術的、心理的に、比類まれなほどの競争をしてきたと言われる。

ただ、ライバルたちは予想以上の困難に直面している。前人未到の記録を打ち立てたマイケル・フェルプス(Michael Phelps)選手が2014年再復帰を果たした際、長年関係してきたスピード社も、別の老舗ブランド社も選択しなかった。代わりにフェルプス選手は「MP」という自身のブランドを立ち上げた。

長年にわたって努力を続け、高額な資金を研究やデザインに費やしてきた各企業。今年8月5日から21日まで開催されるリオデジャネイロオリンピックは、競技が目白押しの2週間だが、そこで、これまでの活動に対する結果が出る。誰がメダルを獲得し、誰が獲得しないのかだけが話題ではない。水着に付けられたロゴは、推定10億ドル(約1,000億円)とも言われる水着やフィットネス市場のシェアに影響を与える。ランニングや他のスポーツではなく、水泳を選ぶ団塊の世代は増えている。これらのスーツが、趣味で水泳をする人をゴールドメダリストに変えるわけではない。けれども本物のオリンピックの勝者が使うブランドに、約300ドル(約3万円)ほどを支払って注目の競技用の水着を着れば、勝者の気分になれる。2008年にスピード社は「レーザー・レーサー(LZR Racer)」という競泳用水着を開発した。この水着を着用した選手が次々と世界記録を連発した。超高速合成ゴム素材のバイオラバースーツは無縫製設計によって、従来のステッチ型水着に比べ表面摩擦抵抗が低下する。これを着れば、泳者は滑らかなチューブに包み込まれ、内部の空気は閉じ込められて浮力が増す。別の会社が、この製品の技術面での長所に気づいてすぐにこれに続いた。まもなく殆どすべての競泳選手たちが同様のデザインの水着を着用するようになった。それから2年以内に130以上の世界記録が達成された。そして疑問が浮上した。これらの世界記録は競泳者たちの実際の能力以上のものを実現しているのではないか。

2008年2月12日、シドニーでスピード社は競泳用水着「ファーストスキン・レーザー・レーサー」を発表し、ラバースーツの時代が幕開けした。  トーステン・ブラックウッド(TORSTEN BLACKWOOD)さん/ゲッティイメージズ

2009年7月、国際水泳連盟(FINA)は、新たな規格や認可の改正基準案を発表した。それによると、すべての競泳選手は通気性のある生地で作られたスイミングスーツを着用する、体を覆う範囲を男子は腰からひざまで、女子は肩からひざまでに狭めるとしている。新しい規則ではジッパーなどで全身をぴったりとフィットさせるような水着は禁止された。変化は業界も変えた。多くのブランドがスピード社の不透過性のボディースーツのデザインを取り入れていたが、廃棄することになった。

新たなオリンピック用の競泳スーツをデザインするために、企業には多くの資産とノウハウが必要だった。この中には水着ブランド及びその商品展開を行うイタリアの企業アリーナ(Arena)社も含まれている。アリーナ社は1973年、ドイツに本拠を構えるアディダス社の創始者の息子でフランス現地法人社長(当時)ホルスト・ダスラー(Horst Dassler)さんにより設立された。前年のミュンヘンオリンピックでマーク・スピッツ(Mark Andrew Spitz)さんが7個の金メダルを全て世界新記録で取った現場を見て衝撃を受け、レース用水着のメーカーを立ち上げようと決意したとされる。会社スタート後初となるモントリオールオリンピックやその2年後のベルリン世界水泳では、スピッツさんらを擁した「チーム・アリーナ」で多くのメダルを獲得して注目を集めた。

「われわれは新しいテクノロジーの時代を切り開く」とアリーナ社のギュゼッペ・ムスアッチョ(Giuseppe Musciacchio)ゼネラルマネージャーは語り「市場のブランドはいずれも競泳用スーツを製造するのが難しくなった。現在、競泳用スーツとして高い品質を維持しているのはアリーナ社、スピード社、TRY社など数社しかないというのはこういった理由からである。わが社とスピード社は激しい競争を展開している」と加えた。ムスアッチョさんは、規格の改正は正しい選択だったと考えている。「テクノロジーが世界の水泳競技から引き上げるタイミングだった。水泳競技の価値観を変えてしまうような技術をわれわれは扱っていた」と述べた。

FINAは、ハイテクスーツを違反としたが、アリーナのような企業がハイテクスーツの製造から学んだことを取り上げることはできない。「ポリウレタンの水泳スーツは水中の体の動きによる相互作用や、潜在的な効果に関する多くの知識を残してくれたとムスアッチョさんは語った。「ある意味で、これまで使用できた食材を大胆に切り捨ててから夕食を調理しなければならいようなものだ。だけど、料理の腕前は格段に上がった」と加えた。

ムスアッチョさんらの競技用スーツデザインチームは、禁止されたプラスチックに頼ることなく、プラスチックスーツの圧縮効果を再現できるか自問し始めた。そこで炭素繊維に着目した。炭素繊維は既にバイクのレースで炭素繊維強化服が使用されていて、耐裂性と帯電防止性がある。ムスアッチョさんと同僚は水着の中に炭素繊維を織り込んで生地の延伸に歯止めをかけることができると考えた。「炭素の役割は車のシートベルトのようにロックすることだ」とムスアッチョさんは説明した。生地を伸ばせば、元の長さ以上に伸びるが炭素繊維を加えるとあるレベルで伸びが止まる」と説明している。2012年、アリーナは合法的な素材で作られた高圧縮性のスーツを再び発売した。

アリーナ社が発売したパワースキン・カーボン・ウルトラスーツ。  アリーナ社

コンセプトはヒットし、カーボン・フレックス(Carbon-Flex)、カーボン・エア(Carbon-Air)としてその後も継続された。2016年3月、アリーナ社はオリンピックへの参画としてパワースキン・カーボン・ウルトラを発表した。ムスアッチョさんによると、「テクノロジーの限界までテクノロジーを駆使した」という。新スーツは市場で最高価格を付け、男性用399ドル(約4万円)、女性用549ドル(約5万5,000円)の小売価格となり、以前の製品に比べると約3倍の量のカーボンファイバーが使用されている。ハイテクテスト(プールで何回も泳いで動きやバイタルサインを調査した精査テストや、ダミーを水中遠心分離機にかけて耐水性などを調査した)だけでなく、世界中で活躍する数十人の一流選手の個人的なニーズを研究して開発した。

水泳パンツを着用して泳ぐマイケル・フェルプス選手。  マーチン・ブリュー(MARTIN BUREAU)さん / AFP /ゲッティイメージズ

「選手が言っていることに耳を傾けた。選手は『オリンピックチャンピオンになりたい場合、トレーニング、食事、睡眠が重要だが、最も重要なのは自分が強くなることだ』と語ってくれた」とムスアッチョさんは述べた。「どうすればこの要求を製品にできるのか」をわれわれの目標とした。鍵となる筋肉と関連付けながら、体が自由に動かせるようにスーツの構造を開発していった。他のブランドもカーボンを製品に加え始めていた。しかし、ムスアッチョさんは他社には何かが足りないと指摘する。これらの生地が最高の結果を出すために必要な深い知識が欠けていた。織り込んだそれぞれの繊維の張力を理解するために多くの経験が必要だった。ムスアッチョさんの仲間の一人であるミシェル・ヨセフ(Michel Joseph)さんは1973年からずっとアリーナ社で働いてきた。現在、ヨセフさんは72歳で、アリーナのすべてのスーツ作りに参加している。50年近いスーツ作りの経験は何ものにも代えがたい。

緑: 合計 黒: 金メダル  アリーナ社

この経験が報われた。ムスアッチョさんによると、2011年に上海で開催された世界水泳選手権で、アリーナの水着を着た選手が46個のメダルを獲得した。スピード​社のスーツは80個のメダルにつながった。2015年、ロシアのカザンで開催された大会では、これらの数字はほぼ逆転していた。アリーナが73個のメダル、スピードが56個のメダルを獲得した。「アリーナは40年程度の歴史しかないが、スピードには80年近い歴史がある。追いつかなければならない。だが、近づいている」とムスアッチョさんは述べた。

2009年に水着の規定が改正された後、老舗ブランドのスピード社は世界最速の水着をデザインするという課題に取り組んできた。スピードはスポーツ心理学者、航空機の設計者、ナノテク専門家まで、さまざまな専門家を起用した。プロのスイマーの泳ぎをコンピュータに取り込み、適応するバーチャルスイムを研究した。スーパーヒーローの映画を見て水着をイメージした。その結果が2012年のファーストスキン・レーシング・システムだった。ここではニューバージョンのLZRスイムスーツやLZR・レーサー2に合わせて、水泳用ゴーグルやキャップもデザインされた。これらはFINAの改定された規則に沿うものだった。しかし技術的には成功を収めたものの、商業的な大ヒットにはならなかった。「あまりにも新しすぎた」とスピードのデザイン開発担当のティム・シャープ(Tim Sharpe)さんはIBTimesの電話インタビューに答えた。「生地は全く異なる感触だった。心地よくないというフィードバックが寄せられた。だからこう答えた。わかった。何が良くないのか戻って考えてみよう。スピードは世界26か国300人以上の一流選手や約24人の水泳の専門家と共に、身体的、心理的にデザインがどのように機能するのか分析した。試験用スーツを作ってどれぐらい心地よくて、何が良くないのかを調査した。大量のデータを蓄積してしっかりとした調査した」とシャープさんは語った。

フリーサイズの競技用スーツは、選手全員に対して有効にはならなかった。選手の中には、さらに圧縮性が低いスーツを希望する者もいた。これらの選手には、引き続きLZR Racer2系列の製品で体に軽く感じるものを提供した。別の選手の中には、もっと圧縮性が高いスーツを望む者もいた。そういった選手にはさらにフレキシブルなものを提供した。これがLZR Racer Xのデザインにつながった。一方向にだけ伸びて非常に圧縮性が高いため、腰、尻、大腿四頭筋といった筋肉を水平に圧縮するが、足は自由に上下できるようになった。また、女性用水着では腹部に素材が一重になったスリット構造を設けることで腹筋を刺激し、水中での適切なボディポジションをサポートしている。低抵抗で平滑性と強度のある独自の縫製技術が採用され、屈伸などの体の動きに追従しやすいよう工夫されている。その結果「物理的に高速なだけでなく、心理的にも高速を体感できる」とシャープさんは強調した。

スピード社の水着 スピード社のファーストスキン・レーザー・レーサーX(Fastskin LZR Racer X)は、一方向に伸びる生地で作られている。  スピード社

今夏、リオオリンピックのためにスピード社は競泳用水着「LZR Racer X」と「LZR Racer 2」を発表した。新バージョンはプリントはこれまでと異なるがデザインそのものは従来と変わらない。スピードは米国の女子競泳選手のメリッサ・フランクリン(Missy Franklin)選手、男子競泳のネイサン・エイドリアン(Nathan Adrian)選手、男子競泳ライアン・ロクテ(Ryan Lochte)選手のスポンサーとなっている。「オリンピックのスケジュールに合わせて水着を発売するのはこれが初めてだ。意図して決断した」とシャープさんは述べた。

世界トップレベルのスイマーである米国人競泳選手、フェルプス選手(30歳)は2014年に現役復帰した。コーチのボブ・ボウマン(Bob Bowman)さんとともに自身のブランド「MP」を立ち上げた。「2012年の大会で、スイマーのためのスーツを研究すべきだと思った。このスーツは快適に着用できる」とフェルプス選手は述べた。アクアスフィア社は革新的なシールマスクや競技向けウェットスーツなど、水泳トレーニング、ジム、フィットネスからレクリエーションやトライアスリート向け製品まで、様々なスイム用品を扱う水泳用品メーカーで、1998年にイタリアのジェノバで創業した。フェルプス選手らはアクアスフィアとパートナーシップを持つ。

アクアスフィアのカリフォルニア支店のトッド・ミシェル(Todd Mitchell)ビジネスマネージャーは「フェルプス選手とボウマンコーチの両方とも、われわれが世界第2のゴーグルメーカーとは知らなかったようだ」と言っている。フェルプス選手とボウマンコーチは客観的な視点からの関与を求めていた。競泳用品の企業がスイミング用マスクを開発したことはなかったとミシェルさんは語った。「限定的な視野を減らしていけば、物事は別の方向へと動きだす。フェルプス選手とボウマンコーチはこれまでとは異なる良い方向に水泳を変えていけると思っていた。そしてわが社はそのけん引車だった」と加えた。アクアスフィアのデザインチームが競泳選手のコンセプトを再度イメージしなおした。スターターとしてフェルプス選手は地味な水泳用ゴーグルを望んだが、それによって競技レーンは見やすくなり、フェルプス選手の競争相手も観客もフェルプス選手を称賛した。

数か月後にアクアスフィアのデザインチームはカーブしたレンズによって見えやすくなったゴーグルを開発した。「些細なことかもしれないが、これほど小さいゴーグルを手に入れられたのは大きい」とミシェルさんは語った。スイミングキャップはまた別で、フェルプス選手によると従来のキャップは競技中にシワがよることがあった。3Dモデルを使用して開発されたフェルプス選手のキャップには、薄いシリコンパネルが両サイドに取り付けられているためしっかりと固定できる。もちろん水着もある。フェルプス選手は他の競泳用品の会社は圧縮する考え方にとらわれ過ぎていると考えた。「フェルプス選手は、まるでペンギンだと思った。流体力学を踏まえた上で、フレキシブルな水着が欲しいと言った」とミシェルさんは語った。イタリアのアクアスフィアのゴーグルデザインには競技用スーツの解決策も示唆されて、競技用スーツへのハイブリッドなアプローチも行われた。その結果、2種類の繊維が使われて高い圧縮性を持つよりフレキシブルな素材から、MP Xpressoスーツが生まれた。

フェルプス選手は自身のブランド「MP」の製品についてアクアスフィア社と競泳用水着のコンセプトを再設計した。  アクアスフィア社

結果が出るまでわずか10分だった。パフォーマンスは高まった。2015年全米選手権でフェルプス選手はMPブランドの「XPresso」スーツなどを着用して出場し、200メートル個人メドレー、100メートルと200メートルバタフライで今年最高の記録を出した。アクアスフィア社はこの結果に歓喜した。「プレッシャーもあったが最前を尽くすことで刺激をうけた」とフェルプス選手は語った。フェルプス選手は6月下旬から7月上旬にかけて米ネブラスカ州オマハ(Omaha)で行われる水泳の米国五輪代表選考会(2016 U.S. Olympic Team Trials - Swimming)に出場する予定である。

*この記事は、米国版 International Business Times の記事を日本向けに抄訳したものです。(原文: JOEL WARNER 記者「Road To Rio: The Race Is On To Build The World’s Fastest Olympic Swimsuit」)