同性愛の科学者たち:アラン・チューリングからサリー・ライド

  on
サリー・ライドさん

サリー・ライドさん

Wikimedia Commons

 7月23日に亡くなったアメリカ初の女性宇宙飛行士のサリー・ライド(Sally Ride)さんは、同性愛者であったことが発表された。ライドさんと27年間、同性パートナーであった、元理科の教師でサイエンスライターのタム・オショーネシー(Tam O'Shaughnessy)さんにより淡々と発表された。

 ライドさんの姉妹のベア(Bear)さんは、「サリーさんは、タムさんとの関係を隠したかった」とシアトルタイムズに語った。サリーさんが生きている間に同性愛者であることを公表しなかった理由としては、宇宙飛行士の草分けとしての立場を挙げている。

 デイリー・ビーストのアンドリュー・サリバン(Andrew Sullivan)記者は24日、米国初の女性宇宙飛行士は、もっと早く同性愛者であると公表すべきだったと批判した。サリバンさんは「ライドさんは、世間の同性愛者に対する見方や、若い同性愛者の希望や自尊心を変えるチャンスがあったにもかかわらず、それを行わなかった」と書いた。

 米航空宇宙局(NASA)はこれまで、同性愛者にほとんど理解を示してこなかった。NASAが初の女性宇宙飛行士を送り出したのは1983年、ソ連に遅れること20年。1971年にソ連の宇宙飛行士プログラムが、女性は、男性の宇宙飛行士よりも無重力状態に迅速に適応すると報告していたにもかかわらずだ。1963年、NASAの匿名の関係者はミルウォーキー・センチネル紙に「女性を宇宙に送り出すという考え方には、胃が痛くなると」語っている。

 ここから、ライドがなぜ同性愛者であると公表したがらなかったのかがわかる。NASAは女性を宇宙へ送り出すだけでなく、同性愛者を宇宙へ送り出すことについても消極的だった。

 同性愛者であると公表している科学者は多数いる。だが、実験室で活動していく機会を得るために、公表を控えている者も多い。一般的にアカデミックな現場は、リベラルで開放的な場として考えられているかもしれないが、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーである科学者には、他の分野と同様に苦難の道が待ち受けている。

 女性同性愛者の科学者は、同僚や上司にさえ同性愛であると公表するのは控えたいと感じているかもしれない。現代のアカデミックな現場で、サポートされるか軽蔑されるかどうかはわからない。ゲイ・レズビアン全米機構(NOGLSTP)代表ロシェル・ダイヤモンド(Rochelle Diamond)さんによると、女性同性愛者の結婚の平等や差別問題について主張が受け入れられないことも多いという。

 現代にも明らかに同性愛者だと思われる科学者がいる。遺伝学者ディーン・ハマー(Dean Hamer)さん、国立衛生研究所の遺伝子構造学の前チーフ、カナダの生物学者ブルース・バジェミール(Bruce Bagemihl)さん、英国生まれの神経科学者サイモン・レファイ(Simon LeVay)さんは、いずれも彼らの研究として同性愛を扱っている。

 1993年、ハマーさんが科学ジャーナルに「性的嗜好にX染色体の上の特定のDNAマーカーが関係する」という論文を発表したとき、大きな反響が起こった。バジェミールさんの著書"Biological Exuberance: Animal Homosexuality and Natural Diversity,"(生物学の繁栄:動物の同性愛と自然の多様性)は、動物界全体の同性愛をテーマに研究し出版された。これは、最高裁判所のローレンス対テキサス州の裁判に引用され、テキサス州の同性愛行為を違法とする反ソドミー法に打撃をあたえた。また1991年には、レファイさんの「同性愛者と異性愛者の男性間には特定の脳構造の違いがある」という科学論文がメディアに大旋風を巻き起こした。

 ゲイ・レズビアン全米機構は、歴史上の同性愛者の科学者の記述を作成している。しかし、そのうち何人が本当に同性愛者であるのかを断定するのは非常に難しい。

 記述されている1人は、フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale)さんで、クリミア戦争で献身的に傷病兵の看護にあたり、看護法改良に尽力して赤十字運動の機運を生んだ有名な看護師だ。ゲイ・レズビアン全米機構は「ナイチンゲールさんは同性愛者だったという明確な証拠はないが、彼女は他の女性と生活を共有し、彼女と結婚したいというすべての申込を頑なに拒絶した」と書いている。

 アーティストで発明家のレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)さんの性的嗜好は、長い論争と投機の対象となってきた。ダ・ヴィンチさんは同時代の人に同性愛者として非難され、彼の遺言により、弟子のフランチェスコ・メルツィ(Francesco Melzi)さんにすべての財産を残した。

 近年、同性愛者はより受け入れられるようになってきたが、これまで、著名だが明らかに同性愛者である科学者のうちの何人かは、その性質により差別と偏見に直面してきた。

 米ゼロックス社パロアルト研究センター技術革新の現場で働きながら、1970年代にマイクロチップの設計を開拓したリン・コンウェイ(Lynn Conway)さんは、1968年に性転換手術を受けた後、IBMで解雇された経験を持つ。

 さらに悲惨な事例は、英国のコンピューター科学者で数学者のアラン・チューリング(Alan Turing)さんである。彼は第二次世界大戦中にドイツ語の暗号を解明するために働いた。機械が人間と同じような知能を持っているかどうか判断するためのチューリング・テストを考案した。

 チューリングさんの業績には大英帝国勲章を授与されたにもかかわらず、当時の同性愛は違法であるとする英国の法律から、彼を守ることはできなかった。彼は若い男性の恋人やその共犯者によって、同性愛者であることを警察に知られることになる。同性愛の男はソ連のスパイによる誘惑に弱いのではないかという英国政府内の恐怖感もあり、1952年、チューリングさんは窮地に貶められる。刑務所に入るか、化学的去勢による執行猶予にするかを迫られて、後者を選んだ。

 1954年、チューリングさんはベッドの近くで死んでいるのが発見された。側には食べかけのリンゴが転がっていた。チューリングさんは青酸化合物のついたリンゴを食べて自殺したと推測した者もいたが、最近、この報告に専門家が異議を唱えた。

 ニュージーランドのカンタベリー大学で哲学の教鞭をとるジャック・コープランド(Jack Copeland)さんは「おそらくリンゴには青酸化合物が付いていたか検査はされていない。チューリングさんは死の翌週に行うことをリストに書き上げていた。死の直前まで元気であり、絶望して自殺願望に捕われた人が通常とるような様子は見られなかった」と6月に論文で指摘した。

 コープランドさんによる詳細な説明によると、チューリングさんは、誤ってシアンガスに身をさらしたのではないかという。チューリングさんの自宅の研究室にはシアンがあり、実験室の安全に関して、彼は時に不注意に扱っていたことがわかっている。検屍結果によると、チューリングさんの肝臓にも他の臓器にもシアン化合物は発見されなかった。「検屍結果により、シアンが付着した食物摂取により死亡したのではなく、シアンガスにより中毒を起こしたのではないかと思われる」とコープランドさんは書いている。

 2009年、当時のイギリスのゴードン・ブラウン(Gordon Brown)首相は、英国政府に代わって、チューリングさんへの対応について謝罪した。

 他の多くの人が同じ法律の下で有罪判決を受けている中で、チューリングさんだけが謝罪されるのは不公平だとする反対意見もある。リーズ大学の数学者バリー・クーパー(Barry Cooper)さんは「そのような反対意見もわかるが、並外れた人物の場合、善処すべきであり、ここで立ち止まるべきではない」と述べた。

 あなたは、チャールズ・ダーウィン先生やアイザック・ニュートン卿が、このように扱われたとしたら納得できますか?

 この記事は、米国版 International Business Times の記事を日本向けに抄訳したものです。