水戦争:イスラエル人とパレスチナ人との攻防―ヨルダン川西岸地区

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容器に湧水を入れる正統派ユダヤ教の男性

2013年3月17日、エルサレム近郊の「Mayim Shelanu」の儀式に参加している超正統派ユダヤ教の男性が容器に湧水を入れている。この水は、ユダヤ人が「過ぎ越しの祝い」(Passover)の間に普通のパンの代わりに食べる伝統的な種なしパン、マツォー(matza)の準備に使用される。

ロイター/ローネン・ツルン(Ronen Zvulun)さん

ベドウィン(遊牧のアラブ人)のファラ・ヘダワ(Falah
ベドウィン(遊牧のアラブ人)のファラ・ヘダワ(Falah Hedawa)さんはベツレヘムの西岸地区から死海に至る砂漠に存在するラシャイダ人の居住区の雨水槽から水を汲み揚げていた。ベツレヘムの砂漠に点在する貯水槽の多くは、何世紀にもわたり冬季の雨を貯水して夏季に羊飼いと羊の群に水を提供している。国連によると、イスラエルが、この写真が撮影された2011年上半期に、ヨルダン川西岸地区の20の貯水槽を破壊したという。写真提供: ロイター/モハマドTorokman(Mohamad Torokman)さん

  【ヨルダン川西岸地区のグエイン・アル・ファウカ村より】エルサレム南からヨルダン川西岸地区中心まで幹線道路60を車で移動すると、日常生活にいそしむ多くのパレスチナ人に出会う。

 ヘブロンはヨルダン川西岸地区にある聖書時代からの古い町だ。6月のある日の午後、ヘブロンで車を走らせていると、数十人の子どもたちが、学校からの帰り道か、肩を寄せ合って道を歩いていた。こんなに車で混雑した道路端を歩くのは危険だが、1995年のオスロ合意Ⅱ以来、イスラエル市当局がこの地域を統括しており、西岸地区のいわゆるC地域の全ての道路ではスクールバスの運行が承認されていない。

 オスロ合意は1993年9月にワシントンで調印された。その後も和平プロセスが停滞したため、1995年にエジプトと米国の仲介で再び調印したものを「オスロ合意Ⅱ」と呼ぶ。オスロ合意Ⅱにおいて、西岸地区(東エルサレムを含まず)はA、B及びC地域に3区分された。A地域(ラマッラやベツレヘム等主要6都市)についてはパレスチナ自治政府(PA)が治安・民生双方の権限を、B地区においては双方が治安権限(但しイスラエルの権限が優越)、民生権限をPAが保持し、C地域(過疎地あるいはイスラエルにとって戦略的重要地域等)においてはイスラエルが双方の権限を保持し、C地域は順次PA側に移管されることが規定された。

 子どもたちから数百メートル先では、消防士が最近燃えたオリーブの木立で作業をしていた。残っているのは灰だけだった。怒りに満ちたパレスチナ人目撃者が、イスラエル(ユダヤ人)入植者が木立に放火したと主張した。

 イスラエル入植者の車に石を投げ込むといったパレスチナとイスラエルの小競り合いは、道路60沿いでは日常となっている。ベツレヘムやヘブロンの町のパレスチナ自治地域には、少なくとも7万5,000人のイスラエル入植者が、エフラットやエチジオンガッシュ・エチジオンの町などで増加し続けるコミュニティを作り暮らしている。

 イスラエル人とパレスチナ人が土地を共有しているため、問題は複雑だが、さらに複雑にしているのが同地域の水資源の共有だ。

 埃が舞う主要道路をヨルダン川西岸の最南端にあるパレスチナ人の村グエイン・アル・ファウカまで移動してみると、この問題は、はっきりわかる。

 60人が、点在する薄い防水シートとレンガの急ごしらえの家で暮らしている。2006年までは40世帯が、この地域の平地や放牧地を所有して生活していた。しかし同年、イスラエル政府が村を隔離するフェンス建設のために土地の一部を押収した。

 それ以来、軍の様々な制限が農民や遊牧民の生活を苦しめ、多くの人がこの村を去って行った。現在残っているのは、わずか9家族だ。電気はアズ・サミュ町の近隣自治体助成用のガソリン発電機から引かれている。村には水道管はない。代わりに、水はイスラエルの国営水道会社メコロット社から購入して、タンカーで村の貯水ステーションまで輸送しなければならない。

 2009年に世界銀行が発表したレポートによると、西岸地域に住む200万人以上の人の約10%がこのような毎日を過ごしているという。

 テントの外に駐車している黄色いタンカーは、グエイン・アル・ファウカ村の家庭用水の唯一の供給源だ。輸送費のため、水の値段は3.75立方メートルあたり200シェケル(約5,500円)に値上げされ、村民にとって水は安いものではない。

 「3日ごとに洗濯をする、あるいは、冬の間貯水槽に溜めた雨水を供給して乗り切ろうとしている。しかし十分ではない」と牧畜を営み10人の子どもを養うアブ・サカー(Abu Saqer)さん(51歳)は述べた。

 イスラエル南部のネゲブ砂漠と接するこの乾燥地域では、年間最大20日間(または200 mm)程度の雨水を集めるため、5台の古い貯水槽が改修され、新しい貯水槽も何台か配置された。イタリアのNGO、グルッポ・デ・ボロンタリアト・シビル(Gruppo di Volontariato Civile)の援助により、欧州連合(EU)からの資金を得たのだ。 

 けれどもサカーさんは家族と自分のために、8日ごとに村の貯水タンクに輸送供給される水に頼らなければならない。1人1日あたり39リットルという分量は、世界保健機関(WHO)により最適の供給量と定められた1人1日あたり100リットルを大きく下回る。また水の価格は、月額1,000~3,000シェケル(約2万7,500円~8万2,600円)で、収入の不安定な村人にとって非常に高価だ。サカーさんは少なくとも月収の約10%から、収入が減れば最大50%程度までを水に費やしていると述べた。

 「もちろん、作物を栽培したり温室を設置するために、これ以上の水、より安価な水が必要だ。残念ながら夏になると、ヨルダン川西岸地区の町、アズ・サミュ、ヤッタ、デュラ、ヘブロンの町が、パレスチナ当局が供給する水の大部分を獲得する。このため大抵の場合、グエイン・アル・ファウカ村民は遠くにある貯水地点から、通常価格よりも高い金額である5立方メートル当たり50シェケル(約1,380円)で水を購入しなければならない」とサカーさんは埃まみれの壊れたテレビの横で、むき出しのコンクリートの床に座って語った。

 しかし、サカーさんの窮状は西岸地区にイスラエルが入植してから始まったのではなく、1967年の6日間戦争(第三次中東戦争)でイスラエルが勝利したときから始まった。この戦争の結果、イスラエルはガザ地区とヨルダン川西岸地区の支配権を獲得してパレスチナを統一、シナイ半島とゴラン高原を軍事占領下に置いた。「私たちがこのような状況に陥った主な原因は、イスラエルの占領と、パレスチナ当局による既存資源の行き届かない管理のためである」とサカーさんは述べた。

2013年3月17日、エルサレム近郊の「Mayim
2013年3月17日、エルサレム近郊の「Mayim Shelanu」の儀式に参加している超正統派ユダヤ教の男性が容器に湧水を入れている。この水は、ユダヤ人が「過ぎ越しの祝い」(Passover)の間に普通のパンの代わりに食べる伝統的な種なしパン、マツォー(matza)の準備に使用される。 写真提供: ロイター/ローネン・ツルン(Ronen Zvulun)さん

  ガザでさらに水不足

 ヨルダン川西岸地区の水は「山岳部の帯水層」と呼ばれる場所から流れてきている。推定6億7,900万立方メートル(MCM)の水がこの場所から毎年流れ込むと推定されるが、パレスチナ人は1995年のオスロ合意Ⅱにより、このうち1億1,800万立方メートルを使用する権利を有する。さらに、オスロ合意Ⅱ第40条は西岸地区とガザ地区に、イスラエルから2,860万立方メートルを毎年追加供給するように制定した。この量は、人口が増加するパレスチナ人の「将来のニーズ」に対応して年間7,000~8,000万立方メートルとして定められた。

 世界銀行によると、ヨルダン川西岸のパレスチナ人は1995年から2007年に、オスロ合意で決定された水量よりも少ない1億1,700~1億3,800万立方メートルの水を実際に使用した。

 ガザ地区で現在、飲料水として提供できているのは帯水層のわずか5~10%で、水不足は既に緊急事態に陥っている。ヨルダン川西岸地区は机上の数字だけを見ればそう悪くない状況だ。

 「帯水層は降雨により満たされるため、ヨルダン川西岸地域に干ばつはない。イスラエルにより水量が制限されないなら、地下水の量は、人や農業のニーズに十分なはずなのに」とラマッラにある民営の水専門コンサルタントのアイマン・ダラガメ(Ayman Daraghmeh)さんは述べた。

 「オスロ合意は、紛争の恒久的な解決策として締結後5年以内に見直されることになっていた。水の共有に関して再検討が行われることになっていたが、実現されていない。加えて、合意に準じて、すべての水関連プロジェクトは共同水委員会(JWC)に、またC地域の場合は、さらにイスラエル市当局にも承認されなければならない。このメカニズムは、追加の制約があることを示唆している」とダラガメさんは付け加えた。

 JWCのイスラエルとパレスチナのメンバーの数は同数であり、コンセンサスにより意思決定を行う。英国のサセックス大学は昨年、1995年から2008年の間にJWCにより作成された作業文書を分析し、報告した。

 同報告書によると、JWCは、パレスチナ側の申請による新しい井戸の約66%と給水管の約50%を承認した。一方、イスラエル側からヨルダン川西岸地区の入植地のために提出されたプロジェクトは100%承認されたという。

 パレスチナのプロジェクトのいくつかは実現への可能性や技術的障害に因り拒否されたが、報告書はJWCの決定に政治的偏りがあったことを明らかした。例えば、パレスチナによる東部流域の新しい井戸の申請は85%が承認されたのに対し、西部流域の新しい井戸の申請は、ほとんど類似していたにもかかわらず、イスラエルが自らの水の安定供給に危機を与えると考えたため拒否された。

 水資源に関するイスラエルの制約は、グエイン・アル・ファウカ村とヨルダン川西岸地域の大部分を含むC地域でも大きい。 JWCにより承認されたC地域内のすべてのプロジェクトは、イスラエル市民管理局から最終許可を取得する必要がある。

  下水道の管理政策

 パレスチナで水・衛生関連の活動を行っている約30の団体の共同体、EWASH(Emergency, Water and Sanitation Hygine)グループによると、西岸地区にある59の水関連の施設が2009年1月以降、建築許可が下りず取り壊された。

 「この状況は汚水処理により改善されたが、イスラエルは、パレスチナ人が入植地の廃水を処理すると同意した場合に限り、パレスチナからの新設備を許可すると述べた。しかしパレスチナ人にとって、それは西岸地区のイスラエル入植者の正当化を意味する」とベツレヘムのNGO環境ユニット、アリジ(ARIJ)のディレクターのジェーン・ヒラル(Jane Hilal)さんは述べた。

 その結果、パレスチナ人はヨルダン川西岸地区で使用する水の50%以上をイスラエル国営水事業会社メコロット社から高額で購入している。そして、パレスチナ人はイスラエル入植者によって消費される水の平均4分の1を使用して、オスロⅡ合意下で共有されるべき西部帯水層から汲み上げている。

 「この夏、水不足や水供給の問題は起こらないと予想している」とガッシュ・エチジオン町の地方議会議長のデビッド・パール(Davidi Perl)さんが話した。

 ガッシュ・エチジオン地域の2万人の住民は、一日あたり約273リットルの水を使用している。これは数キロ南のガウエン・アル・ファウカ村の住民の7倍である。

 「アラブの隣人が十分な水を使用できないことを残念に思う。すべての人が生活していく上で十分な水を使用する必要がある。しかし私の知る限り、彼らは水代が支払えないために水を得られない」とパール議長は語った。

 複数の国際的な研究によると、パレスチナ当局による行政の不始末と貧弱な法案提出が、西岸地区とガザ地区における現在の水危機の理由の1つであると指摘された。

 イスラエルによると、理由は1つだけではないにしても、これが水危機の主要な理由だという。

 「同じ帯水層の上に暮らす我々としては、ガザ地区で起こっている数千の違法掘削による荒廃した状況を見たいとは思わない。パレスチナ自治政府はイスラエルを非難する代わりに、農業に使用する年間4,000万立方メートルを確保するために下水処理を行う必要がある。最も重要なのは、パレスチナ自治政府が漏水率33%の都市部水道管の補修を行うことだ」とイスラエル民政官事務所(COGAT)民間調整部部長のグリシャ・ヤクボービチ(Grisha Yakubovich)大佐は語った。

 「最高の資源を得るために、海水の脱塩など多くの対策があり、それは行われるべきだ。パレスチナ人が責任を取るべき問題であり、それがすべてだ」とヤクボービチさんは述べた。

 なお、イスラエル民政官事務所(COGAT)は6月末、ベツレヘム、ヘブロン、ジェニン、ラマッラのパレスチナ自治体に1日あたり8,000万立方メートル余分に水の供給を開始すると発表した。

 善意の行動として長い交渉が行われたが、水供給は実際にはパレスチナによる資源確保ではなく、イスラエルへの依存が高まる動きとなっている。

 西岸地区の誰もが、オスロ和平合意の結果として、いつかこのような危機がやってくると予測していたようだ。パレスチナ指導者として活動したアラファト(Yasser Arafat)議長が、イスラエルと水に関する政治的合意に達しない危機に直面した際に水を諦めたからだ。

 同氏はオスロ合意の際に、5年後にイスラエルと上手く再交渉することを望んだ。だが実現されなかった。そしてほぼ20年後の現在、パレスチナ人は、わずかな水と平和の見通しが見えない中で取り残されている。

 *この記事は、米国版 International Business Times の記事を日本向けに抄訳したものです。