SNS断ちの快楽、フェイスブックの「いいね!」から離脱する数日間

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フィジー

フィジーのモタギ島の風景

Megan Snedden

 私は、フィジー周辺への10日間旅の間、インターネットをなるべく使わない生活を試した。アンチ・デジタル観光は、私のようなデジタルジャンキーにとっては惑星間旅行並みの衝撃であった。

 私がオーストリア沖1,500マイルにあるロマイビティ群島のワカヤ(wakaya)島に着いたとき、ネットに接続していない時間をすでに8時間過ごしていた。私はiPhoneが恋しくて仕方がなかった。私にとってiPhoneは、外とつながる道具であると同時に、目覚まし時計、懐中電灯、時計、そしてカメラであった。

 飛行機は、フィジーの本土を急上昇し、サンゴ小島から火葬用の煙が立ち昇っているのを目にした。しかし、私はその風景についてツイートすることができなかった。私はiPhoneをスーツケースと一緒に預けてしまい、手荷物としては持ち込んでいなかった。iPhoneを使いたくても使えように、わざとそうしていた。

 iPhoneを使いたくてちょっとイライラしたが、それと同時に私は現実世界とつながっているという感覚も覚えていた。

 私は、最近、世界から切り離されている気がしてしまっていたので、デジタルデトックスがしたかった。確かに、オンラインでいると、以前よりも世界とつながっているという幻想を見られる。けれども、実際は私が自宅のコンピュータの前を離れたのは5年ぶりだった。

 私は、普段、一日7時間はオンラインの状態である。ひとりになることはほとんどない。公告代理店であるブンチン・グループ(The Buntin Group)の調査によると、平均的な米国人は週23時間ネットを利用するという。

 ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)の昨年の研究によると、米国人の半分以上がスマートフォンを所有し、私自身も含まれる25歳~34歳では81%が所有している。

 私がiPhoneを使い始めたのは比較的遅かった。iPhoneを使っている人を街で見かけると嫌な気持ちになったし、シンプルな携帯電話に固執していた。ニューヨークに住んでいた頃は、グーグルマップではなく、紙の路線図を見ていた。ツイッターを覗く代わりに、ときには見知らぬ人と会話した。しかし、友人のススメもあって、スマートフォンを使い始めた。

 数年後、私は、ネット依存者ほどではないかもしれないが、生活が様変わりした。どんな日でも、フェイスブックとメールを20分ごとにチェックするようになった。それは最優先事項となり、よく反応することが、友人や同僚にとって良い自分を演出することだと考えるようになった。

 インターネットに限らず、社会的なチャンネルをはずすと、自分自身をコントロールできている感覚があるという説もある。コロンビア大学のケイス・ウィルコックス(Keith Wilcox)教授とピッツバーグ大学のアンドリュー・ステファン(Andrew T. Stephen)教授は、「親しい友人は敵なのか?オンライン上のネットワーク、自尊心、そして自制心」(Are Close Friends the Enemy? Online Social Networks, Self-Esteem, and Self Control)というタイトルの本を出版した。

 彼らの研究によると、私たちはフェイスブックでは、見られていることを知っているので普段とは異なった振舞い方をする。私たちは人々に与える情報を選ぶことができる。そして、他の人の投稿を見るときには自覚なしに行っている場合が多い。同時に、私たちは自己の高まりのような感覚も得て、その結果として激しい気性となる。

 同氏らは、「オンライン上のソーシャルネットワークは自尊心や幸福度にポジティブな影響を与えます。しかし、自尊心の肥大は、行動に有害な影響を及ぼす可能性があります。自制心が社会の秩序と個人的な幸福のために重要であると仮定すると、ちょっとした影響が広範囲に及ぶ衝撃となる可能性があるのです」と分析している。

 しかし、 ハンボルト大学ベルリン校のハンナ・クラスノヴァ(Hanna Krasnova)上級研究員は、フェイスブックユーザーの33%は、フェイスブックを使っているとき幸せではないことを明らかにした。不幸せの一番の原因は妬みである。

 フィジーに出発する前、私は自分がネット中毒のような気がしていて、自分自身に嫌気がさしていた。実際に変えることができる以上を知ることは、心配な気分になるだけだった。フェイスブックなどを通して他の人が自分より幸せだと知ることは、自分自身が劣っているという感覚をもたらすだけであった。

 デイヴィッド・ギルモア氏は1990年、ワカヤ島にリゾート施設を創設した。ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、ルパート・マードックといったエグゼクティブたちが訪れていたこともある。

 現地に到着したものの、いきなり、ネットを完全に断つ勇気はなかった。難しすぎると思ったのだ。代わりに、私は徐々に減らそうと思った。最初の数日間は、1日1回だけメールをチェックし、家族に1回だけスカイプで電話をした。4日後までにはゼロにした。しかし、SNSにはまったくログインしなかった。ハンモックで寝ている自分の足を撮影し、フェイスブックに投稿したいという衝動も抑えた。

 地元住民は、ただ仲間と一緒に座って、おしゃべりをしながら15時間を過ごすこともある。最初はとまどったが、私は、地元の人々と「カヴァ」と呼ばれる儀式用の飲みものを一緒に飲んでいるとき、フェイスブックで「いいね!」ボタンを押しているときよりも充実感を覚えていた。

 そして、私は、インターネットを始終チェックしているのは、何かを見過ごすかもしれないという非合理的な恐怖からであると気がついた。「情報を知っている者」が権力者であるという感覚にとらわれていたのだ。

 リゾート施設のコーディネーターであるペテロ・ロロヘア(Petero Lolohea)氏によると、フィジーの人々は世界で最も幸せだという。同氏は、「関係性が、科学技術より重要です。私たちが生きている社会では、私たちはすべてを分かち合います。家族は、世界でもっとも重要なもの。なぜなら、愛のレシピだからです」と述べた。

 私は、数日後にフィジーから戻ると、新しいアパートに引っ越した。偶然にも、そこはインターネットも電話もないところだった。ついに、私には自分自身とつながっているという感覚が戻ってきた。

 *この記事は、米国版 International Business Times の記事を日本向けに抄訳したものです。