イラクで治安悪化、過激派組織ISISとは? アルカイダより勢力を強化

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シリアのISIS兵士

2014年1月2日、トルコ国境近くのシリアの町、テル・アブヤド(Tel Abyad)ではアルカイダ系武装組織ISISの兵士が武器を持って行進していた。

ロイター


2014年4月2日、シリア北部の町ラッカでは押収された紙タバコに火がつけられた。その側に立つイスラム武装勢力「イラク・シリア・イスラム国」(ISIS)の兵士。写真: ロイター

 イラクで治安が悪化している。イラク北部で勢力を強めるイスラム教スンニ派武装勢力「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」とイラク政府軍の戦闘が激化している。政府側はヘリによる空爆などで反撃しているが、ISISは北部の町を掌握した。

 ISISはイラクおよびシリアを中心とする地域で、イスラム国家の樹立を目的として活動する過激派武装組織である。2006年に結成されてから2014年現在に至るまで、多数の自爆テロ、誘拐、暗殺などの事件を起こしている。ISISは当初「イラクのイスラーム国(ISI)」という組織名を冠していたが2013年4月に現在の名称に改称した。また、ISISは「イラクとレバントのイスラーム国(ISIL)」と呼ばれることもある。2011年からのシリア紛争でシリアにおける勢力を拡大した組織だ。

 テロ組織は時に離反を必要とする。2014年2月3日、アルカイダは、かつてアルカイダに対する忠誠を表明し、アルカイダ傘下の1つに数えられたこともあったイスラム教スンニ派武装勢力「イラク・シリア・イスラム国」(ISIS)との関係を明確に否定した。この2つの組織間には問題が多かった。アルカイダは、ISISが民間人をターゲットにして地元住民を疎外しているとし、スンニ派強硬派のISISは、イスラム教徒の団結を目指すアルカイダから離反することになった。

 アルカイダから離れて数か月で、ISISは勢力を増した。ここ2週間、ISISはイラク第2の商業都市モスル(Mosul)、元大統領サダム・フセイン(Saddam Hussein)氏の出生地であるイラクの町ティクリート(Tikrit)を掌握した。ISISの兵士がイラク政府治安部隊(彼らの多くは戦うよりも逃げているようだが)の兵士を処刑する動画が武装組織のウェブサイトに投稿された。ISISは、シリア近隣のイラク北部で依然、強い勢力を維持している。アルカイダの組織力が弱まるなかで、ISISは確実に勢力を増し、他のテロ組織から恐れられる存在になっている。

 アルカイダとISISの分裂はイラクにとって重大な問題であり、米国とその同盟国にとって、イスラム社会のテロリズムが如何に捉えどころのない深い問題として推移しているのかを示している。

 2003年3月、米国のブッシュ大統領はイラクが大量破壊兵器を廃棄せず保有し続けているという大義名分を掲げ、イラク戦争を開始した。同年12月、スンニ派の独裁者サダム・フセイン氏は米軍に逮捕され、2006年に処刑された。イラクに何十年にもわたり存在してきたイスラム過激派は、米軍侵攻の余波のなかで活動してきた。

 ヨルダン生まれのイスラム主義活動家アブ・ムサブ・ザルカウィ(Abu Musab al-Zarqawi)氏は、米軍占領下の混乱時に一連の攻撃を展開した。ザルカウィ氏はオサマ・ビン・ラディン(Osama bin Laden)氏が率いるアルカイダに関与する有力人物とされ、テロリストとして国際指名手配を受け、米国は同氏の掃討に懸賞金をかけた。2003年から2004年にかけて、ザルカウィ氏のグループは、フセイン政権倒崩後の混乱が続くイラクに潜入し、アルカイダに忠誠を誓い「イラクのアルカイダ」(AQI)として活動するようになった。

 やがて、2つのグループの関係が悪化し始めた。ザルカウィ氏の一派はイラクのイスラム教徒のシーア派を頻繁にターゲットとして攻撃し、すべてのイスラム教徒を団結させることが使命であるとするアルカイダの主張と衝突するようになる。民間人の犠牲者に対するザルカウィ氏の無関心も問題を提起した。ビン・ラディン氏に次ぐアルカイダの副司令官とされるアイマン・ザワーヒリー(Ayman al-Zawahiri)氏は、2005年、ザルカウィ氏に手紙を書いている。この手紙のなかでザワーヒリー氏は地域住民の「愛情と心」を勝ち取らなければ「メディアとの戦い」の中心にもなれないとザルカウィ氏に警告している。

 ザワヒリ氏の書簡は予言めいていたことが証明された。イラクのスンニ派の住民は、やがてシーア派の政府や米軍に貴重な情報を提供するなどして協力し始めた。2006年、ザルカウィ氏が米軍の空爆によって死亡した後、同氏が設立した「イラクのアルカイダ」(AQI)の影響力は急激に衰退した。

 シーア派のヌーリ・マリキ(Nouri al-Maliki)イラク首相は、少数派のスンニ派を統合して挙国一致の体制を構築するという呼びかけはしたが、成功には至っていない。この展開は、2011年の米軍の完全撤退と組み合わされており、スンニ派地域の治安の悪化を招き、宗派間の影響を受けて政府からシャットアウトされる住民集団を作り出した。さらに、2011年にチュニジアで発生し北アフリカ一帯に波及した民主化運動に連動して、シリアではシーア派から分派した少数派のアラウィー派であるアサド(Bashar al-Assad)大統領に対する民主化デモが反政府活動へと広がり、やがてシリア内戦に発展すると、「イラクのアルカイダ」(AQI)の流れをくむISISが勢力を増していく。

 2001年9月11日、アルカイダによって「米同時多発テロ事件」が発生したが、その影響が続く間、アルカイダは「ベンチャー企業」のような組織と言われてきた。他から活動資金を得て活動する分散化した組織という意味である。一方、ISISは、アルカイダより緊密な因習関係を持っている。

 「ISISは非常に効率よく組織化されている...これは、活動を展開するため、単に、その場に集まった緩いつながりのネットワークではない」と米コロンビア大学、中東政治専門家のオースティン・ロング(Austin Long)氏は述べた。そして「ISISは単なるテロ組織や反政府組織ではない。より軍事的な組織だ」と指摘した。

 ISISは内部の組織力によって効率よくシリアとイラクの一部地域の掌握を可能にした。2つの別々の主権国家による、巨大で、十分な装備の軍隊に耐えながらだ。ISISは残虐性を持ち、かつてのアルカイダよりもさらに広い地域を掌握しようとしている。ISISは同じ宗派であるイスラム教スンニ派の兵士は解放する一方、対立するシーア派「1,700人を処刑した」と主張している。

 ISISの勢いを止めることは可能だろうか? 2006年、ザルカウィ氏がイラクでの活動でその影響力とパワーにおいてピークに達したとき、スンニ派の住人はイラク政府へ忠誠を誓いアルカイダに背を向けるようになった。そのことが、米国の軍事力と組み合わさって、イラクがアルカイダを押し戻す推進力となった。

 同じシナリオが繰り返されることはない。米国とその同盟国はイラクへの対応を協議するとしながらも直ちに空からの攻撃に出る可能性は低いと示している。また、マリキ大統領とスンニ派のこれまでの経緯を考えると、スンニ派が将来的にイラク政府に妥協するとは考えにくいとロング氏は語った。ISISは力を維持していくように見える。

 国際的な注目を集めてから13年、アルカイダはISISにとって古巣である。米オバマ大統領は頻繁にアルカイダに注目してきた。だが、より大きくて、より残虐的で、より統率された組織であるISISが出現し、既にベルギーの面積ほどの地域を掌握している。(ベルギーの面積は約3万1,000km2で、これはおよそ九州の面積3万9,809km2に近い。イラクの面積は43万7,100km2で日本の約1.2倍である)。

 18日夜、NHKニュースはイラクの治安が悪化していると伝え、イラク国内の過激派組織の攻撃が今後南下してイラク南部の大規模な原油施設攻撃などが行われた場合、日本国内での原油価格が上昇する懸念があると報じた。

 *この記事は、米国版 International Business Times の記事を日本向けに抄訳したものです。