出典:SBI大学院大学(https://www.sbi-u.ac.jp/)「ビジネス・レポート第十号 湯川抗教授」より
「クラウドコンピューティング」は、近年のIT業界の流行り言葉とも捉えることができ、様々な場面で用いられているものの、はっきりした定義がなされているわけではない。
一般には、「ユーザーが様々なITリソースをインターネット経由で社外から調達し、サービスとして利用するコンピューティング形態」 程度に考えておけばよいだろう。
ユーティリティコンピューティングを始めとして、未来型のコンピュータ利用形態は、昨今のブロードバンドの普及、様々な技術革新などによって可能になってきている。
このことが、クラウドコンピューティングという言葉への注目に繋がっていると言えよう。
例えば、インターネット上のITリソースを結びつけ、1つのシステムとしてサービスを提供する「グリッドコンピューティングの技術」、コンピュータシステムを構成する資源を物理的構成に拠らず柔軟に分割・統合する「仮想化の技術」、大規模システムを「サービス」の集まりとして構築する「SOA」の発想や関連技術、このような技術の発展がITリソース利用形態の進化を支えている。
私にとって興味があるのは、言葉の定義よりも、この新たなITリソースの利用形態をイノベーションと捉えた時の企業への影響だろう。
ハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセンによる
"The Innovator's Dilemma"(「イノベーションのジレンマ-技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」)が1997年の出版とともに世界的ベストセラーとなった。
ここでクリステンセンは「持続的技術」と「破壊的技術」の違いに注目し、大企業が失敗する理由を理論的に示している。
クリステンセンは「持続的技術」を、一般に製品の性能を高め、主要市場の主要な顧客がこれまで評価してきた性能指標に従って既存製品の性能を向上させるものであるとしている。
個々の業界での技術進歩は「持続的技術」の進歩によるものがほとんどだとする。
これに対して「破壊的技術」とは、短期的には製品の性能を引き下げるが、主流からはずれた少数の新しい顧客に評価され、従来とは全く異なる価値基準を市場にもたらすものであるとしている。
こうした観点からみると、従来のシステムに比べて信頼性に劣っているという点、大企業よりも中小企業、ベンチャー、個人に評価されている点、市場におけるITリソースの価値基準を「所有」から「利用」へと転換させる点などから、クラウドコンピューティングはまさに「破壊的技術」といえる。
一般に大企業は「破壊的技術」に投資しない。
これには合理的理由がある。
大企業にとって最も収益性の高い顧客は、通常「破壊的技術」を利用した製品を求めないからである。
例えば、インターネットが普及していく過程で、NTT向け電話交換機を開発していた我が国大手IT企業は、ルーター開発に積極的に取り組まなかったため、取り返しのつかない出遅れを経験している。
顧客の意見に注意深く耳を傾け、収益性を高める高性能、高品質の製品開発に資源を投入する大企業は、「破壊的技術」であるクラウドコンピューティングに積極的な資源配分をしづらいのである。
ところが一般に、「破壊的技術」に注力した企業は、その後既存の企業に取って代わって市場のリーダーとなる可能性が高くなる。
クリステンセンも、大企業の「破壊的技術」への対応方法として、自律的な組織を設立し、「破壊的技術」の周辺に新しい独立事業を立ち上げることを提案している。
